『ラ・ラ・ランド』

つい最近、2人の人から『ラ・ラ・ランド』がよかった、と薦められました。
一人は私の生徒で、もう一人は私の高校時代以来の友人。
年代から何からまるで異なる2つの方向からほぼ同時に薦められたので、「これは見なくては。」という気持ちになりました。

というわけで、近所のイオン・シネマに行ってきました。

よかった!!です。

若い世代がこの作品をみたら、自分への応援歌のように感じるかもしれません。
私のような世代からすると、若かった頃、夢に向かって突き進んだり、思い通りにいかずあがいたりしながら、必死に生きていた時代を懐かしく思い出したりします。

*****   *****   *****

ミア(エマ・ストーン)は女優の卵で、何度もオーディションに落ちていています。その度に傷つくし、自信を無くします。この先も、落ち続けるだけで、どこかで女優をめざすことを断念することになるかもしれないし、でも、もしかしたら、いつか抜擢されて大女優の道を歩むことになるかもしれないし。
セブ(ライアン・ゴズリング)も、場末のクラブで人気のないジャズ・ピアニストとして、生活のために自分の好みでない曲を弾かされています。このまま、自分が求める音楽とは違う方向に進んでしまうかもしれないし、でも、もしかしたら、自分のピアノが受け入れられてヒットして、自分の店が持てるようになるかもしれないし。

この二人の恋だって、この先、結ばれることになるかもしれないし、別れが待っているかもしれないし。

先のことなんて誰も分からない。
やってみなければわからないし、やらなかったらそれで終わり。

そして、この映画の結末はどうなるのかな、とワクワクしながらみてしまいました。

******    ******     ******
口コミは信頼できます。素敵な作品でした。
特にダンスシーンが素晴らしい。
冒頭の渋滞した高速道路でのダンスシーンなど、何台もの車と人を動員してすごいなと思いました。
ミアとセブが二人で踊る公園のシーンも素敵。(ダンスがうまいっていいな。)
ミュージカル作品として、とにかく見ていて楽しかったです。

そして、なにより、ラストのライアン・ゴズリングの表情が最高!!!でした。

『ラ・ラ・ランド』
2016年のアメリカ映画
キャスト セブ : ライアン・ゴズリング
      ミア : エマ・ストーン
 

「世界の果ての通学路」 

4月半ばに見た、「世界の果ての通学路」というドキュメンタリー映画について、書こうと思ってかけないうち遅くなってしまい、銀座での上映は終了となってしまった。
(役に立たない情報ですみません。でも、YouTubeで予告編が見られます。
この1分50秒の予告編、一見の価値ありです。)


世界の果ての通学路

「世界には、学校に行くために想像を絶する道のりを通っている子供たちがいる。」

ケニアのジャクソンは(11歳)は、片道15kmの道のりを2時間かけて妹とともにサバンナを命がけで駆け抜ける。
アルゼンチンのカルロスは(11歳)は、パタゴニア平原のなかを、片道18km、妹と馬に乗って1時間30分かけて通学。
モロッコのザヒラ(12歳)は友達とともに岩肌の山道を片道22km、4時間。
(てことは、往復8時間!!通学だけで一日が終わってしまう。学校に行く日は毎日ではないようだが。)
インドのサミュ(13歳)は足が悪く、車いすでの通学。車いすを引っ張り、押すのは、サミュの弟2人だ。

通学途中には様々な困難が待ち受ける。
ジャクソンの通学路の危険は象に遭遇することである。
象の気配を感じたら、迂回してコースを変更し、安全を確保する。
ザヒラの友達は途中、足をくじいたのか、足の痛みに耐えかね、歩けなくなってしまう。
ザヒラ達は、途中、通過するトラックになんとか頼み込んで乗せてもらう。
サミュたち兄弟も、楽な行程ではない。なにせお兄ちゃんは車いすなのだから。
サミュたちは、近道しようとして、川の浅瀬を渡ろうとしたら、深みにはまってしまい、抜け出すのに苦労する。さらに車いすのタイヤが壊れる・・・。がたがたになった車いすをなんとか持ちこたえさせ、町の修理屋さんになおしてもらう。

兄弟、友達、みんな仲が良い。
年下の者や、体の不自由な者の面倒を見るのは、当然だと思っている子供たち。
子供たちは、それぞれ協力し、工夫し、時には大人の助けをかりて、なんとか困難を乗り越える。

親たちがやさしい。
「子供たちが無事につきますように」、「学校まで安全であれ」と祈る親たち。
愛情に恵まれた彼らは幸せである。
物質的に恵まれていなくても、通学が大変であっても、一番大切な愛に満たされている。

子供というものは、親の愛情があって、信頼できる友達がいて、学ぶ環境があって、まともな大人に成長していくものなのだと、改めて思った。


見終わって、ホカホカした気持ちになり、帰り道も幸せだった。

アメイジング・グレイス

生徒のRちゃんから「アメイジング・グレイスって映画を見ましたか?奴隷貿易廃止に活躍したウィルバーフォースの話で、首相のピットも出てきますよ。」と教えてもらった。
Rちゃん、ありがとう。
その映画は、ちょっと前にNHKのBSのプレミアムシネマで放映されていたのだけれど、録画しただけで満足してしまい、実は、まだ見ていなかったのだ。

で、家に帰ってから早速見た。

アメイジング・グレイス
2006年のイギリス映画。
奴隷貿易廃止の法案を成立させようとするイギリスの若き政治家ウィルバーフォースとその親友ピット。

正しいと思って貫こうとしても、それを達成するまでには時間がかかる。

奴隷たちの悲惨さを訴えても、奴隷貿易による利益を受けている連中はそれを手放そうとしない。
議員の多くが西インド諸島で利権を持っている。
農園に投資するものも、船を所有するものもいるのだ。

「奴隷を持たなければ農園もない。農園なしでどうやって財源を確保するのだ。」
「イギリスが奴隷貿易をやめても、それをフランスの横取りされるだけだ。」
反論する議員たち。
個人としては奴隷貿易廃止を支持したくても、地元を代表する立場だからそれはできない、というリヴァプールの議員。

でも、リルバーフォースは負けなかった。


世界史教師の立場から、しつこいけれど、補足説明。

1713年のユトレヒト条約で、イギリスはアシエント(スペイン領アメリカに黒人奴隷を供給する特権)を獲得した。
以後、イギリスは、奴隷貿易、砂糖貿易で莫大な利益を得る。
アフリカ西海岸には武器(イギリス製の銃や刀剣)が輸出され、部族間で戦わせ、捕虜が奴隷としてアメリカ大陸に運ばれたのだ。その黒人奴隷がアメリカのさとうきびプランテーションで過酷な労働を強いられ、砂糖がヨーロッパに輸出される。
武器 ⇒ 黒人奴隷 ⇒ 砂糖  
悪名高い、18世紀の大西洋三角貿易である。

イギリスで奴隷貿易廃止となったのが1807年。奴隷制度が廃止となったのが1833年。
これは、世界史受験生にとっては必須事項。
ウィルバーフォースは山川の世界史用語集に頻度数1で掲載されていた。
つまり、11冊の世界史Bの教科書のうち1冊にだけ、記載があるということ。

日本人にとってはそれほどメジャーな政治家ではない。
が、信念の政治家だ。
ウィウバフォースが、奴隷貿易廃止のための最初の議案を提出し、あっさり否決されたのが1791年。
ようやく法案が可決されたのが1807年。
活動を始めた時期から数えると、成立までに20年かかっている。

その間に、親友のピットもフォックス卿も死んだ。
ことを成し遂げるのは大変なことなのだ。


もう一つのみどころ
ジョン・ニュートンが粗末な修道士の服装で裸足で、教会の掃除をしているところ。
彼は奴隷貿易に携わっていた。そして、無残に死んでいった22万人の奴隷たちの亡霊とともに暮らしている。
彼も苦しいのだ。過去の行いを悔いている。

その対局にいるのが、自分たちの利益のためだったら、奴隷たちが悲惨な扱いを受けていることなど、気にもかけない議員たち。
想像力の欠如だ。奴隷たちがどんな悲痛な思いで死んでいったかを、想像してみることすらしないのだ。

ウィルバーフォースは、タンスの引き出しの中に入ってみる。
奴隷船で運ばれた奴隷たちに与えられたのと同じ大きさの空間だから。
そこに入れられた奴隷たちの気分を味わってみようとしているのだ。

人間には2種類がある。平気な人たちと、苦しむ人たち。
いつの世も同じだ。







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ドクトル・ジバゴ

世界史の問題の中に、20世紀の文化に関する出題で、作者-作品名の組み合わせの誤りを問うているものがあった。
「怒りの葡萄」-パステルナークという誤った組み合わせがあり、これを選ばなくてはいけない。
「怒りの葡萄」はスタインベックの作品で、これは、浜島書店の史料集の文化史をまとめた表のなかで、かろうじて太字。
パステルナークにいたっては、山川の用語集にも、浜島の史料集にも掲載されていない。

だから生徒は知らない。

「パステルナークってだれですか?」
「ドクトル・ジバゴの作者だよ。」
「ドクトル・ジバゴってなんですか?」

と、おおむねこんな会話になる。

すると、同僚の英語教師Iさんが、「ドクトル・ジバゴ}という懐かしい響きに反応してきた。
私と同年代のIさんは、学生時代に、まだ恋人だった現在のご主人と二人で見に行ったという。
そりゃ、思い出の映画だね。

当時、リバイバルというのがあった。
「ドクトル・ジバゴ」は1965年の映画で、私たちの学生時代は1975年前後であるから、リバイバル上映だったということだ。

今は、新しい作品ができて、封切りになったあと、一定期間が過ぎるとDVDになって販売される。
当然、TSUTAYAで借りられる。

昔は、「ドクトル・ジバゴ」という作品を見たいと思っても、リバイバルできた時に見逃してしまったら、テレビの洋画劇場で放送してくれるのを待つしかなかった。

Sくんへ。
今は、TSUTAYAに行けば、100円で借りられるよ。貸し出し中でなければいつでも。
ちょっと長いから、時間に余裕がないとだめだけれどね。
受験が終わったら、借りに行ってごらん。


ドクトル・ジバゴ
1965年、アメリカとイタリアによる合作映画。
米アカデミー賞で、「ララのテーマ」で作曲賞を受賞したモーリス・ジャールをはじめ、5部門を受賞。


ジャンルは恋愛ドラマ。ロシア革命に翻弄される医者のジバゴとその妻トーニャ。そして、ジバゴが心を寄せてしまう美しいラーラ。

映像が美しい。窓ガラスに張り付く雪の結晶。春が来て、雪景色が一変して、家の周り中が水仙の花の黄色に囲まれるシーン。
小道具のバラライカの使い方が素晴らしい。ララのテーマを奏でているロシアの代表的な弦楽器だ。
ネタバレになってしまうけれど、これが最後のシーンで出てきたときに、父から子へ、そしてその子孫へと脈々と続く、人間の営みを感じた。



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アラビアのロレンス

今日からブログを始めます。

1955年、昭和30年の生まれである。この年から神武景気となり高度成長期が始まった。
翌年の1956年の経済白書には「もはや戦後ではない。」と記述され、流行語となった。
私が育ったのは、神奈川県津久井郡という田舎で、「となりのトトロ」のメイちゃん、さつきちゃんが暮らしていた家のように、土間に台所があり、母はカマドでご飯を炊き、七輪で味噌汁を作っていた。手押しポンプの井戸もあった。
 
そんな家にテレビが入り、東京オリンピックのころには、それがカラーテレビに変わった。
当時、淀川長治さんが解説する日曜洋画劇場や、水野晴夫さんの水曜映画劇場があり、田舎に住んでいる私でも、名作に触れることができた。

時は流れて、2014年。流行の映画を見ようと思えば、隣町のシネコンに行けば、夫婦割引2人で2000円、またはレイトショーで一人1200円で見ることができる。
NHKのBSのプレミアムシネマという番組では昔の名作を放映してくれる。
自宅から2分のところにはTSUTAYAがある。なんと旧作は1本100円で借りられる。

ありがたい世の中になった。
見たいと思えばいくらでも見ることができる環境にあるのだ。

そこで決めた。徹底的に見てやる。1960年代の古いものから、流行の新作まで。

そして、特に、その映画ができた後に生まれた若い世代に、名作を紹介したい。

で、手始めに、デビット=リーン監督の「アラビアのロレンス」と「ドクトル・ジバゴ」を借りてきた。
近所のTSUTAYAだけれど、きちんと在庫があって、お店の人がDVDの盤を磨いてくれた。

アラビアのロレンス
1962年のイギリス映画。
私たちの世代は誰もが知っている有名な作品。
砂漠をラクダに乗って駆け抜けるロレンスがカッコ良く、戦闘シーンも迫力があり、アカデミー賞の作品賞となったののもうなずける。

しかし、昔、テレビで放映されたときに、なんとなく見ていただけの当時の自分が、きちんと時代背景や、ロレンスが目指していたこと、そして現実の結果がどうなったのかということを理解していたかというと、まるで分っていなかったというと言うしかない。

現在、社会科教師をしていて、世界史を教えているという私としては、若い世代に、基本的な歴史の知識を持ったうえで、この作品を見てほしいと思う。

時代背景
第一次世界大戦、連合国側のイギリスは、同盟国側のドイツ、トルコ(オスマン帝国)と戦っていた。当時のトルコはかつての大帝国としての領域は縮小されていたとはいえ、シリア・イラク・アラビア半島を領有していた。
そして、そこでは、長い間、トルコ支配に甘んじていたアラブ人が、国家建設を目指して民族的な動きを見せていた。
トルコを相手に戦争をしているイギリスは、当然、アラブ人の勢力を利用しようとする。
そんなイギリス軍の中で、アラブ人の立場に立って行動したのがロレンスだ。

登場人物および配役
主役のロレンスにピーター・オトゥール。
ハウェイタット族の首長アウタ・アウ・タイがアンソニー・クイーン。映画「道」の中でジェルセミノを捨てて行った旅芸人のゼルビノを演じた俳優。
架空の部族ハリト族のアリはオマー・シャリフ。ドクトル・ジバゴだ。

世界史教師の補足説明
フセイン・マクマホン協定(1915)とサイクス・ピコ協定(1916)という用語は、映画の中でも出てきた。この2つの協定と、この映画とは直接関係ないけれど、バルフォア宣言(1917)の内容は理解しておきたい。
イギリスは、アラブ人に対して、戦争協力を条件に独立の承認を約束し、一方で、ユダヤ人の資金協力を期待して、建国の支援を約束した。さらに、フランス、ロシアとはこの地域の領土分割の約束までしていたのだ。
この3つが第一次世界大戦中にイギリスが行った3つの矛盾する約束。秘密外交がもたらした弊害だ。

さらに。
映画の中に出てくるファイサルとは、フセイン・マクマホン協定を結んだハーシム家のフセインの3男。父フセインは、1916年、アラビア半島西岸にヒジャーズ王国を建国するが、これは、1924年に、サウード家のイブン=サウードに滅ぼされてしまう。その後、息子のファイサルは1932年にイラク王国を建国する。

そして、サウジアラビア王国を建国したサウード家のイブン=サウードと、イラク王国を建国したハーシム家のファイサルの反目という構図が出来上がる。

以上、話がそれてしまった。
が、、アラブの歴史の展開には、アラブの中での部族間の対立と、それにからむ大国、当時でいえば、イギリスとの関係がおおきくかかわってくる。
現在のシリアに置き換えればアサド政権と反政府勢力の対立、それに絡むアメリカとロシアの駆け引き。
状況は混迷を深めるばかりである。

なんでそんなことになったかということは、歴史を勉強して知るしかない。

そして、とにかく「アラビアのロレンス」はまちがいなく、名作。
映画を見ることも、学ぶことの入り口になると思う。




プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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