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『ウィンストン=チャーチル  ヒトラーから世界を救った男』

1940年5月9日、宥和政策の破綻からネヴィル=チェンバレン内閣が退陣し、5月10日、チャーチル戦時連立内閣が成立した。
この映画は、首相に就任したチャーチルが、国民の気持ちを徹底抗戦にまとめあげる感動的なスピーチを行うまでの約3週間を、日付を追って一日ごとに描いている。
チャーチルは、副題に表現されているように「ヒトラーから世界を救った男」なのだ。
チャーチルが徹底抗戦という選択をしたから、ヒトラーを敗北させることができたのだから。

第二次世界大戦前期の1940年5月、戦況はナチス=ドイツの圧倒的優勢だった。
ヒトラーはデンマーク、ノルウェー、オランダ、ベルギーへ侵略をすすめ、さらにパリ占領も目前という状況だった。
ダンケルクに追い詰められた連合国側の兵士約40万人も壊滅の危機に瀕していた。

この時点でイギリスは判断を迫られる。
和平交渉の道を模索するのか、徹底抗戦を貫くのか。

就任したチャーチルの苦悩は深い。
退陣したチェンバレンはなおも議会を和平交渉に導こうとする。
内閣の中にも徹底抗戦を支持するものはいない。
組閣を命じたジョージ6世ですらチャーチルを信頼していない。

しかもチャーチルは、過去に大きな失敗をしている。
それは第一次世界大戦の際、海軍大臣として立案した「ガリポリ作戦」。
イスタンブルを占領することができず、6万の戦死者を出した。

華々しい経歴を持って首相に就任したというわけではないのだ。
しかし、失敗と挫折の前半生を送っていたチャーチルは、そこから這い上がって65歳という高齢で首相に就任し、見事なリーダーシップを果たした。


歴史の展開がこの先どうなるかはわかっているので、つい安心して作品を見てしまった。
チャーチルは「ダンケルクの撤退」を命じ、奇跡のような40万人の兵士の救出を成功させた。連合国軍側はそこから反撃に転じ、第二次世界大戦は連合国側の勝利に終わった。

和平交渉か徹底抗戦かというのは歴史の中で常に付きまとうテーマであると思う。
戦争は絶対に避けるべきだ。
何としてもそうならないように最後の最後まで、和平交渉の道を模索し、開戦を避けるのが望ましいと思う。
しかし、そんな考えは甘いと言われてしまうような極限の異常事態が第二次世界大戦だった。

歴史に「もし」をいっても仕方ないが、ヒトラーという人物なら仮に和平交渉にいったん応じても、結局それを反古にしてしまうだろうと思う。
ヒトラーに対する眼力はチャーチルの方が正しく、チェンバレンは甘かったというしかない。
ヒトラーという史上最悪の人物に対して和平交渉を進めるのは誤り、という判断は、1938年のミュンヘン会談においてネヴィル=チェンバレンがとった宥和政策が破綻した時点で、明らかなことだった。
チャーチルが徹底抗戦の道を選択せず、和平交渉を進めようとし、ヒトラー―がそれを無視して全ヨーロッパ支配を企てたかも知れないと思うと恐ろしい。


と、まあ、この映画を観たとき、普通に以上のようなことを考えた。
が、いろいろ考えているうちに、逆の「もし」に行き当たってしまった。
つまり、徹底抗戦を選択したチャーチルの作戦がことごとく失敗してしまっていたら・・・。
ダンケルクの撤退もノルマンディー上陸作戦も、いずれもどちらに転んでもおかしくないギリギリの作戦だった。
戦争に勝利することができなかったら....。
ドイツを敗北に追い込むことはできなかったら....。
和平交渉の道を模索しなかったチャーチルに対する非難は計り知れないほど大きなものとなったことだろう。

と、考えても仕方のない「もし」が頭の中をグルグルとめぐる。
そして思う。
歴史の評価も結果次第。

近年の調査では、世界の経営者が尊敬するリーダーの1位がチャーチルだったという。

責任ある立場におかれた人間は選択をしなくてはならないのだ。
どちらに転ぶかなんてわからない。うまくいく保証は全くない。
しかも、全てが自分の判断にかかっている。

トップに立った人間は、覚悟をもって決断を下さなくてはならない。
そんなギリギリの状況下で、覚悟をもって、チャーチルは徹底抗戦を貫くという決断を下した。
結果は正解だった。(しみじみ、よかった!)


リーダーとはそういうものなのだろう。
ぬるい環境の中で、判断を人に委ねてしまってばかりいるわが身を思った時、「ぼーっと生きてんじゃねえよ。」という自戒の言葉が浮かんだ。

『ウィストン=チャーチル』
2017年製作。2018年3月公開。
チャーチルを演じた主演のゲイリー=オールドマンがアカデミー賞主演男優賞に。

プライム・ビデオに配信されてきたので見てみました。(アマゾンのプライム会員は年会費3800円。配送料無料がもとをとれるほど本を購入しているわけではないけれど、こうして勝手に無料の映画が配信されるのも悪くはないので、しばらく年会費を払い続けてみようと思っています。)


『ブーリン家の姉妹』

高校の世界史の「宗教改革」の単元では、ルターの改革、カルヴァンの改革、イギリス国教会の成立、対抗宗教改革の4つの内容を学ぶ。なので、世界史受講者ならば、イギリス国教会の成立については、どのような事情によりそういう展開になったのかは、基本的な知識ではある。
でもまあ、日本史受験だったから世界史はサボった(必修科目ですが)という方や、そんな内容は忘れてしまったという方のために。
(くどいかもしれませんが。)
英王ヘンリ8世はアン・ブーリンと結婚するために、王妃キャサリンとの離婚問題を起こす。離婚を認めないローマ教皇に対して、ヘンリ8世はローマ・カトリック教会から離脱して、国王至上法(首長法)を出して、イギリス国教会を成立させる。きっかけはアン・ブーリンが王妃になりたいからキャサリンとの離婚を迫ったという事情なのだが、結果的に、イギリスはローマ教皇の干渉の排除、王権の強化という目的を果たすことになる。

時代背景や重要人物の人間関係をつかんでおけば、ストーリーが理解しやすいので、以上の事情は頭に入れておくといいと思う。

それにしても。
「アン=ブーリンとは、こんな女だったのか。」と、ため息が出るような展開の作品だった。

この作品を、16世紀のイギリスの宮廷を描いた歴史ドラマとしてとらえることもできなくはないけれど、見終わってあと、時代設定を越えて、人間の生き方、女性の生き方をテーマとした作品なのだなとを思った。
アンとメアリーという性格から考え方からあまりにも対照的なブーリン家の姉妹を通して、人間にとって何が大切なのかを考えさせられる。

アン・ブーリン(ナタリー・ポートマン)が激しい。美貌と頭の良さを備えた彼女は、自分の才覚で事を思い通りに運ぼうとする。人を操り、人の善意も利用する。
さらに彼女は人としてしてはならないことをしている。
一つは妹のメアリー(スカーレット・ヨハンセン)が王の寵愛を受けている時、嫉妬からメアリーにつらく当たり、腹いせとばかりに許嫁のいるヘンリー・パーシーの気をひき、結婚式まで挙げてしまう。許嫁のいる男性を奪い取る、しかもそれをわかっていながら相手の気をひくというのはやってはいけないことでしょう。たまたま恋に落ちてしまったというのなら仕方ないかもしれないけれど。王の寵愛を受けられなかった不満をゆがんだ方向に向けてしまったとしか思えない。(この結婚の事実は、家族の配慮でなかったこととしてもみ消されるが。)
さらに最悪なのはメアリーが辛い妊娠期間を経て、ようやくヘンリ8世の子供を出産(しかも生まれた子は男の子だった)したその日に、ヘンリ8世の寵愛を受けメアリーを捨てさせてしまったこと。メアリーは(本人の希望したことでもあるが)せっかくイギリス王の子供を産みながら、宮廷を去り田舎で暮らすことになる。

その後、アンは自分が妊娠した時、助けが欲しく、妹との和解を求める。
このあたり、アンはメアリーを利用することしか考えていない。
メアリーはあれだけひどいことをされながら、関係修復に応じ、姉を支えようと決意する。実の姉なのだからという理由で。

この後のアンは自滅の道を歩む。歴史的にアンの末路はわかっていたけれど、まさに自滅だなと思う。人を圧倒するほどの美貌をもっていたとしても、人並み外れた才覚をもっていたとしても、人の心をあやつって思い通りに事を動かすことなど、できるわけないのだ。

歴史的にアン・ブーリンは有名だが、メアリーという妹がいたことは知らなかった。後にエリザベス1世となるアンの娘を育てた女性だ。
初めてこの作品を見た時はアンを中心にストーリーをおってしまったけれど、今回改めて見直し、メアリーに注目してみると、地味でめだたないような雰囲気を持ち、アンに振り回されてしまったようなメアリーが、人に対して常に誠実に向き合い、しっかりとした価値観を持ち、自分にとって何が一番大切なのかがわかっている女性として描かれているのがわかった。
ラスト、幼いエリザベスを抱きながら宮廷から去っていくメアリーの姿は毅然としていて美しい。
その後、メアリーは結婚し、田舎でエリザベスや自分の子供たちを育てながら夫とともに幸せに暮らす。
激しいストーリーの展開だっただけに、このエピローグにほっとさせられた。

『ヴェルサイユの宮廷庭師』

Wowowで録画を撮りためていたものの中から、何となく選んでみてみた。
作品の評価についても、どういうストーリーなのか、どんな作風なのかの知識もなく見始めた。
見終わった後、何か心が癒されるような、力が湧いてくるような気持ちになれ、この作品好きだなと思った。

時代背景は、まさにフランスの絶対王政の最盛期ルイ14世の時代。絶対権力を持つルイ14世が、豪壮・華麗なヴェルサイユ宮殿を造営中で、家族でここに引っ越して住もうとしようとしているさなかの話。
ヴェルサイユは宮殿だけでなく庭園部分が広大で素晴らしい。広い林の部分もあり、いくつかの人工的な噴水などを含む造園もある。その一部分を任されたのが、主人公のサビーヌ・ド・バラ(ケイト・ウィンスレット)。
この人物は架空の人物だそうなので、この作品自体がフィクションである。

世界史教師をやっているので史実かどうかにこだわりを持ってしまう私であるが、この作品についてはそれはどうでもいい。
この作品の見どころは、サビーヌが毅然として、数々の妨害にも負けず、自分にまかされた区画に美しい庭園を造り上げていった強さだと思う。

それは同時代の貴族の女性たちが宝石やドレスで自分を美しく見せることだけに精力をかけ、舞踏会で媚を売り男性の気をひいて、自分の存在を誇示するような生き方の対極をなしている。
泥にまみれ、力仕事もいとわず人夫と一緒に庭を造り上げていく姿は美しい。(17世紀にこんな女性がいたかしらとも思いますが。)

終盤でサビーヌの過去が明かされる。
マダム・ド・バラと呼ばれている彼女が未亡人であるのは見ている途中でわかるのだが、未亡人になった理由はずっと明かされないでストーリーは進行してきた。
ここで、彼女が馬車の事故で夫と愛する娘を失ってしまったことが事情が判明する。
その事故の原因はサビーヌにあった。自分のもとを去ろうとしている夫の馬車を止めようとして、馬車の前にとび出てしまったのだ。そのせいで馬車は崖から転落してしまう。

サビーヌはどんなに自分を責めたことだろうかと思う。

**********

facebook上の記事で、“リジリエンス”という言葉を知った。一般的な認知度としてはまだそれほど高くない言葉だと思う。私はこの言葉がもっと広がればいいと思う。

Wikiによれば、“リジリエンス”とは、「“脆弱性”の反対の概念であり、自発的治癒力の意味である。精神的回復力、抵抗力、復元力、耐久力などとも訳されるが、訳語を用いずそのまま”リジリエンス”と表記して用いることが多い。」とある。

私はこの作品を、サビーヌのリジリエンスの物語なのだと捉えた。
自分のせいで夫と娘を失ったサビーヌは人生のどん底とでもいうべき苦悩を味わったことであろう。このような過酷な体験は往々にして人から生きる気力を奪ってしまうことだろう。
しかし、サビーヌは生きた。そこから立ち上がった。

ヴェルサイユの一角に自分が設計し、人夫たちとともに汗を流し、泥まみれになりながら造り上げた庭園を築き上げることで。

創造とは人を蘇らせる力があるのだな。
大きな挫折から立ち上がった人間は、それ以前とは比べ物にならないくらい、強くたくましく、深い。

60歳をとっくに過ぎたというのに、まだまだ弱い自分を感じている私ですが、苦しい時には、これが自分を強くする試練なのだ、と受け止めたい。必ず乗り越えられる、と信じたい、と思う。
この作品を見て、”リジリエンス“という言葉が浮かび、だから、見終わった後に気分が良かったのだと思った。

NHKスペシャル 「戦慄の記録 インパール」

2017年8月15日のNHKスペシャルは、「戦慄の記録 インパール」だった。

アジア太平洋戦争の中で最も無謀と言われたインパール作戦。
まったくする必要のなかったとされる作戦
補給を度外視した無謀な作戦
3万人の犠牲者が出た
この作戦を擁護するような表現は一つもない。

戦後72年たった今、このような番組が完成したことは、今後、戦争を考える上で大きな意味を持つと思った。

インパール作戦とは太平洋戦争末期の1944年3月、悪化していく戦況を何とか打開したいと、インド北東部のインパールにあるイギリスの拠点をビルマ(現ミャンマー)側から行軍して攻略しようとした作戦だった。
470kmの行軍。その行程には川幅600mのチンドウィン河、2000M級のアラカン山系、世界一の豪雨地帯と言われる悪路が立ちはだかっていた。
途中、食料を調達できるような豊かな村もなく、後方からの補給もない。

結局、インパールまで行きついた兵士はなく、作戦は4か月で中止されるが、戦死者の6割が作戦中止後の撤退中の病死・餓死であったという。
作戦の推進者は第15軍司令官牟田口廉也中将。
彼は、補給の面からこの作戦は不可能だと進言した部下を更迭し、作戦を実施した。
作戦開始後も、各部隊から芳しくない報告、作戦の中止を求める声が上がっても、それを怒号で握り潰し作戦を続行した。
4か月後の中止はあまりにも遅すぎた。
しかも、牟田口は作戦失敗の責任をとっていない。
作戦を大本営の希望であった、と語っている。


この番組では、13577人分の戦没者名簿をもとに一人一人の死を、場所・日時を特定し検証している。
また、生き残った元兵士の方々への取材を行い、その方々に証言をしてもらっている。

この番組を見て思ったのは、「よくぞ作った、よくぞ間に合った。」ということである。
元兵士の方々の生の声がとれたことは大きい。
すでに高齢となられている元兵士の方々。
番組の製作も、時間との戦いであったはずである。

特に牟田口に直接仕えていた齋藤博圀さんが存命で、番組のラストに登場して下さったことは大きい。90歳を超えた高齢となり、施設で穏やかな日々を過ごされていたであろう齋藤さんがインタビューに応じ、かつてのことを語り始めた時、わなわなとふるえるほどの感情の高ぶりをみせ、「悔しいです。」とおっしゃった。
どれほどの思いがそこにあるのかということが、見ているものに伝わった。

齋藤さんには牟田口のことを許せないという思いがあるのだろう。
それは、牟田口が上官に「5000人殺せばとれる」というのを聞いてしまったからだ。
はじめは敵を5000人倒せば拠点をとれる、という意味かと思ったという。
ちがった。作戦遂行には日本側の5000人の犠牲が必要だという意味だった。
しかし、それを「5000人殺せば」という表現を使うだろうか。
兵士を捨て駒としか考えていない非情さ。そんな指揮官のもとで戦う兵士はたまったものではない。

今まで、戦争であまりにも悲惨な経験をされた方々は、戦後、あまり多くを語らず、思いを封印してきたように思う。
しかし、近年、自身の寿命が後わずかになってきたと思う方々が語って下さるようになった。今語らないと、次の世代に伝えることができないという思いからだろう。

元兵士の方にすれば、思い出したくもないことだろうと思う。
余りにも悲惨な仲間たちの末路のことなど語りたくないだろう。
それを語って下さった。

私たちは、元兵士の方々の語ることを聞き、かの地でどんな悲惨なことが起こってしまったのかを知っておかなければならないと思った。

『硫黄島からの手紙』

硫黄島とは東京都区部からおよそ1200kmに位置する8km×4kmほどの島である。
土壌は火山灰。飲料水などは塩辛い井戸水か雨水に頼るしかないという。

作品の始まりの部分で、海岸で塹壕掘りを命じられていた一等兵の西郷(二宮和也)が、
「こんな島、アメ公にやっちまえばいいんだよ!
何も生えねえし、くせーし(臭い)、あちーし(暑い)、虫だらけだよ。おまけに水がねえ。」とぼやいたのが、上官に見つかってしまい、こっぴどくぶたれるシーンがある。

島を見た限りでは、西郷がそう思うのが当然だろう。

ではなぜ、このような劣悪な環境の島で、太平洋戦争における最大の激戦とされる硫黄島の戦いが展開したのか。
それは、この島が当時の飛行機で日本本土との往復が可能な距離に位置していたこと、飛行場となる平坦な土地があったことに由来する。

すでに1944年夏、マリアナ諸島を攻略したアメリカは、ここから日本本土への空襲を開始していたが、日本は硫黄島においていた防空監視所からの報告にもとづいて、戦闘機をB29の迎撃に向かわせていた。つまり硫黄島は、アメリカの日本本土空襲を防衛するための拠点だったのである。
アメリカとしては、この日本の防空システムを破壊したい。さらに、この島を手中にすれば、東京空襲が可能になる。
逆にいうと、日本としては、東京空襲を避けるためには硫黄島を死守しなければならなかったのである

ここに太平洋戦争末期の硫黄島をめぐる日米の死闘が展開することになる。


この作品では日本軍側の人物、特に主人公の栗林忠道中将(渡辺謙)を、非常にわかりやすく丁寧に描いている。
新たに硫黄島に指揮官として着任した栗林忠道中将。彼はアメリカ留学の経験もあり、従来の日本軍の指揮官とは違う発想をする人物だった。少ない兵力だからこそ、兵士に休息を与え、大切に扱う必要があるという考え方をする。精神力だけを強調し、従わないものは暴力をもってでも従属させるという、旧来の軍隊にありがちな行為はしない。

それにしても。
栗林の置かれた状況はあまりにも悲惨だった。
勝てるはずのない戦況の中で、重要拠点の死守を任ぜられる。
しかも、すでに末期症状に陥っていた日本軍の内部では、意見の対立が生じていて、栗林の考え方に否定的なものさえ出てきている。

たとえば。
陸軍と海軍の連携がとれていなかった。
伊藤海軍大尉(中村獅童)や大杉海軍少将は栗林の着任時から、栗林のことを良く思ってはいず、「海軍の軍規では敵上陸まで」ということにこだわったりしている。
これに対して、栗林は「これは本物のいくさなんですよ。わかっていますね。」と諭している。栗林の言うとおり、この状況下で海軍だ、陸軍だ、とこだわっている場合ではない。
連携できなくては作戦のたてようもないだろうと思う。

また、当初から硫黄島で任務していた中堅幹部の多くは、アメリカ軍の上陸直後を水際でたたく、そしてそれがだめなら、「軍人らしい潔い死に様を」、と考えていた。
しかし、栗林は持久戦を主張する。海岸からさがった地点からの穴からの攻撃により、敵にダメージをじわじわと与え、一日でも長く、硫黄島を持ちこたえたいという栗林の思いである

「我々の子供たちが一日でも長く暮らせるなら、我々がこの島を守る一日には意味があるんです。」
栗林が「一日でも長く」という言葉を使っているところが悲壮だ。
勝てる、守りきれる、とは思っていないのだ。

結局。
硫黄島の戦いはアメリカ軍の圧倒的兵力を前に5日で終わるだろうといわれていたが、36日間にも及ぶ激戦となった。
この島の陥落後、東京空襲が本格的に始まる。


硫黄島の戦いにおける栗林中将の置かれた状況は、どうにもよい方には展開しようのない状況だったと思う。
西竹一(伊原剛志)の「最も賢明な策は、この島を海の底に沈めてしまうことだと思います。」という言葉は正しい。
それができるなら、どんなにいいだろう。この島をアメリカに奪われてしまわなくて済むのだから。
そんな状況下で最後まで最善を尽くそうとした栗林中将は、軍人として、人間として立派だったと思う。
そしてそんな彼は、家族を心配し、手紙を書き続けた一人の家庭人でもあった。
そこまでを描いているクリント・イーストウッド監督のこのアメリカ映画、秀作だと思います。


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作品とはそれたひとり言。
戦後70年以上たってしまった現在からすると、もっと早く降伏してしまえばよかったのに、そうすれば、もっと少ない犠牲で済んだのに、という思いが頭をよぎる。
しかし、それができない状況だったというのも、戦争まっただ中の当時の様子を見ればわかる。
特に、制空権にかかわる重要拠点、硫黄島においては。

第一次世界大戦末期のドイツでは、キール軍港の水兵の反乱から革命がおき、第一次世界大戦は終戦となった。水兵たちが、負けが見えている戦況のなかで、戦地に派遣されるのはイヤダということで始まった反乱だった。
同じようなことは日本ではありえない。
日本には「一億総玉砕」という言葉があった。
戦争に協力的でない者を「非国民」と呼んだ。
降伏すれば戦争が終わる、などというを口に出して言うことはできない時代だった。

戦争がいったん始まってしまうと、それに向かって大きな動きが働いてしまい、小さな抵抗ごときでは、流れを変えることは絶対にできない。
だから、平和な現在の日本においても、「もし、戦争が始まったらどういうことになるか。」ということを、想像力をめぐらせて、考えておかなければならないと思う。
映画を見終わった後、そんなことも考えた。
プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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