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ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書

ペンタゴン・ペーパーズ

2017年のアメリカ映画
監督:スティーヴン・スピルバーグ
出演:メリルストリープ
   トム・ハンクス

ペンタゴン・ペーパーズとは、ベトナム政策決定過程に関する国防総省秘密文書のこと。
ストーリーの軸は、ワシントン・ポスト社。
入手したペンタゴン・ペーパーズについての記事を掲載するかどうか。

いくつかの見方ができると思う。

1.歴史の転換点
1971年当時、泥沼になっていたベトナム戦争の戦況は、国民に正しく伝えられていなかった。
「10万人の兵を追加している。情況は改善されている。」と。
しかし、実は、ベトナム戦争にアメリカが勝利することはできないという事は、1965年の時点で政府はわかっていた。
勝てないと知りながら、多くの若者を戦場へ送った。
ペンタゴン・ペーパーズには、国民が知らなかった国家のウソが記録されていた。
結果的に(この作品は1971年の時点を描いたものだが)、ペンタゴン・ペーパーズの暴露によって、アメリカの世論は一転し、ベトナム戦争反対の機運が盛りあがり、1973年のベトナム和平協定の締結、アメリカ軍のベトナムからの全面撤退につながった。
まさに、ペンタゴン・ペーパーズの暴露が歴史の転換点であったと言える。
捕まれば厳罰に処せられる国家最高機密文書の漏えいが、誰によって、どのような形で行われ、どうやって公表されたのか。
この作品でそれを知ることができる。

2.ワシントン・ポスト社の社運と社主キャサリン・グラハム(愛称ケイ)
一地方紙のワシントン・ポスト社を率いるケイ(メリル・ストリープ)が、社主としてどのような経営判断をしていくのか。
ケイは夫の自殺後、この会社を引き継いだ女性社主。もともと自分の父親が社主であった会社であるが、父親は後継者に娘であるケイではなく、彼女の夫のフィリップを指名した。それはフィリップに新聞社を担っていく才能があったからであり、ケイは家庭を大事にするごく普通の専業主婦だったからだ。そんな彼女は夫の死後、会社を引き継ぐ。
1971年というのは、ワシントン・ポストにとって、株式公開に臨んだ時だった。
ケイは社内会議でも社主として強く意見を押し通すわけでもなく、どこか自信なさげで、質疑応答の模擬演習を繰り返して、株価の数字を頭に叩き込んで、株主総会に緊張して臨むという、どこかシロウトっぽい雰囲気の社主だった。
そんな彼女が率いるワシントン・ポストにペンタゴン・ペーパーズのスクープのチャンスが転がり込んでくる。
記事を掲載するのかしないのか
掲載すれば、新聞社が刑事罰を食らう可能性もある。株式公開を控えていて、会社の信用は必須だ。
決断を迫られるケイ。
ケイが社主として、新聞に携わる人として、強く成長していく姿もこの作品の見どころだ。

3.報道の在り方
「最高機密文書」の漏えいと「報道の自由」。
守らなければいけない秘密と公表しなければならない真実。
スクープを狙いたい功名心。法律を犯して捕まることを恐れる保身。ジャーナリストとしての良心。
報道に携わる者にとって、さまざまな気持ちの葛藤がおこる。

立場の違いもある。ケイは会社を守らなければばらない。
記事を掲載することで、会社が存続できなくなってしまったら、元も子もない。
また、ケイは元国防長官のマクナマラの友達であった。
友達の立場を危うくする報道はしたくない。
これは、JFKと家族ぐるみのお付き合いがあったベン(トム・ハンクス)も同じなのだが、ベンの考えはこの時点ではっきりしていた。
「政治家と親しく葉巻を吸う日々は去った。
両方はだめだ。友達か記者か、選ばないと。
権力を見張らなくてはならない。我々がその任を負わなければだれがやる?」

***********
作品は主演のメリル・ストリープとトム・ハンクスを中心に、2番と3番の視点を中心に作られているのだが、1番に視点を置いてみると、エルズバーグという人物がキーマンになる。彼は作品の冒頭に登場し、現地ベトナムから、戦況が悪化しているという報告をする。しかし、政府はそれを正しく公表しない。その後、国防総省からランド研究所に移ったエルズバーグは保管されていたペンタゴン・ペーパーズのコピーを持ち出し、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストに渡す。
書類を持ち出したのも、その書類をワシントン・ポストに渡したのもエルズバーグ。
すべての始まりはエルズバーグなのだ。
彼はアメリカ国防総省に入り、ベトナム戦争を担当するが、次第にアメリカのベトナム政策に批判的となり、1967年、国防総省からランド研究所に移った人物である。
全てを知っていた人物。この人物は国家のウソが許せなくなり、ベトナム戦争を何とかやめさせなければならないと思ったのだろう。

さらに元国防長官のマクナマラという人物にも興味がわく。彼はケネディ大統領とジョンソン大統領の国防長官をつとめ、ベトナム戦争の拡大を進めた張本人であるが、戦況の悪化を認識し、1968年にベトナム戦争への介入の縮小を提案したがジョンソン大統領に拒絶され、辞任している。
マクナマラについては2003年に公開された映画『フォッグ・オブ・ウォー  マクナマラ元国防長官の告白』で、長時間のインタビューに応じ、ベトナム戦争の回顧と自己批判、自己弁護(ケネディの弁護とジョンソンの批判)を行ったそうだ。
(見たい映画は尽きない。)

********
作品の途中で、ベンが語る。
負けると知りながら、なぜ戦争を続けるのか?
10% 南ベトナムの支援
20% 共産主義の抑止
70% アメリカ敗北という不名誉を避けるため

そのために戦場に送られ続けたアメリカの若者。
戦争はいったん始まると簡単にはやめられないのだ。

NHKスペシャル 未解決事件 JFK暗殺

2020年4月29日、5月2日。NHKスペシャルでJFK暗殺の謎を扱った。
コロナウイルスの感染拡大防止のため、各国で渡航制限が出される直前の2月に撮影を終了させたという、まさにギリギリのタイミングで出来上がった番組だ。

1963年11月22日のJFK暗殺からすでに57年がたっているが、今なおこの事件の真相は明らかになっていない。
ケネディ・ファイルと呼ばれるこの事件に関する機密文書が2017年に一部公開されたが、残りの資料も公開すると確約したトランプ大統領は、その後、資料公開の約束を撤回した。
そのような状況の中でも、今なお専門家たちがこの暗殺事件の謎に迫っている。

JFK暗殺事件を題材にした映画は、『ダラスの熱い日』(1973)、『JFK』(1991 オリバー・ストーン監督)、『パークランド』(2014 トム・ハンクス製作指揮)などがある。

オリバー・ストーン監督作品では、ケネディ暗殺の背後に、ベトナム戦争への積極介入を望む巨大組織の陰謀があったのではないかと匂わせる描き方をしていた。
この作品ではまず冒頭に軍産複合体の肥大化に対する警鐘を鳴らした有名なアイゼンハウアー大統領の退任演説が流れ、さらにそれに続いてケネディ大統領の演説が流れる。
「世界に向かってアメリカの武器を売って、平和は来ません。」

ベトナムからの撤退を進めようとしていたケネディ大統領は暗殺され、副大統領から昇格したジョンソンは、北爆を開始し、ベトナム戦争に本格介入した。
兵器を売りたい軍事産業がベトナム戦争への本格介入を望み、その逆の政策を進めようとしていたケネディを排除したかったであろうという推測は成り立つ。
関与の程度がどの程度かはわからないけれども、暗殺の背後に、ケネディの排除を望む巨大組織の存在があったのだろうし、その解明を阻む国家権力を批判する作品の作り方だった。

オリバー・ストーン作品から29年後。
今回のNHKスペシャルでは、元CIA高官のラーセンなど、66人いるという専門家の証言をもとに事件を追究した。

特に“CIAの一部が暴走して、オズワルドのカバー・ストーリーを造り上げた”という
元CIA高官ラーセンの証言は驚きのものだった。
カバー・ストーリーとは特定の人物に濡れ衣を着せるため、つじつまを合わせのための作り話のこと。
計画は、暗殺事件がオズワルドの単独犯であるというストーリーに仕上げるために、綿密に仕組まれていった。
オズワルドの経歴とは。
貧困と孤独な幼少年期を送り、15歳の時にマルクス主義に傾倒。海兵隊に入隊し、日本の厚木基地に駐留していた時期があり、この時に、KJBとの関係を持っていたと考えられる女との交流を持つ。そして、(その女の影響で?)ソ連へ亡命する。しかし、ソ連に絶望し、ロシア人妻アリーナを連れて帰国。その後、何をやってもうまくいかない。そのようななか、オズワルドはファシストの団体の頭首エドウィン・ウォーカー将軍の暗殺を実行する。この事件は犯人がわからない未解決事件とされたが、実はCIAはオズワルドの犯行であることをつかんでいた。しかし、逮捕につなげず、泳がせる。

恵まれない生い立ち。社会に対する不満。ソ連に亡命・帰国という経歴。さらには未遂に終わったとはいえ暗殺事件を実行したこと。カバー・ストーリーを仕立て上げるには、材料がそろいすぎていた。

そして、計画実行。
オズワルドを引くに引けない状況に追い込んで、ケネディ暗殺を請け負うように脅迫する。
「あなたのやったことは、すべてわかっています。ウォーカーを殺そうとしましたね。
あなたには2つの選択肢があります。自首するか、我々に協力して新しい人生を歩むのか。」
さらに「君はヒーローになれる。」「心配するな。仕事を終えたら逃がしてやる。」という誘い文句も添えて。

オズワルドはケネディに向けてライフル銃を発砲し、犯行を行った教科書倉庫ビルを出る。
しかし、通りの曲がり角に待機しているはずの逃亡のための車はない。
南米のしかる場所に高飛びさせてやる、という約束だったはずなのに...。
ここでオズワルドははめられたことに気付く。
独自の逃亡計画を用意していなかったオズワルドは迷走し、あっけなく逮捕された。

patsy(はめられた)」

では、暴走した一部のCIA職員の動機は何か?

それは、1961年のキューバでのピッグス湾作戦にあるという。
ケネディはピッグス湾での空爆を許可せず、作戦は失敗。多数の兵士が犠牲になった。
また、ケネディはCIAの解体を強行する策を模索しているとされ、CIAの大統領に対する不満は爆発寸前であったというのだ。
CIAは大統領直属の機関であるから想像しにくいのだが、
「この大統領を排除すれば共産主義から我々の国を守れる。」という考えが、当時、一部のCIA職員のなかにあったという。

ラーセンは一部の暴発者による陰謀であり、CIAという組織全体は関わっていない、としながらも、CIAがその事実を隠ぺいしたことは認め、そのことを後悔している。

そして、それが今回の証言につながっていた。

しかし、今回、NHKの取材に対してCIAは、「国家安全上の懸念があるため、一部の資料は公開できない。」としたという。

“国家安全上の懸念”とは何だろう。
軍の戦略・外交上の駆け引きに関するものはもちろん国家機密である。
それ以外にも、きっと、“組織にとって都合の悪い真実”も国家機密と呼ぶのだろう。

ラスト。番組はCIA本部の壁に掲げられた新約聖書の言葉で締めくくっている。
「あなたは真実を知り、真実はあなた方を自由にします。」

***********
オリバー・ストーン監督の『JFK』については、以前、このブログでも書いていますので、こちらも参考にしていただけると嬉しいです。
http://haginori55.jp/blog-entry-49.html

『ウィンストン=チャーチル  ヒトラーから世界を救った男』

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1940年5月9日、宥和政策の破綻からネヴィル=チェンバレン内閣が退陣し、5月10日、チャーチル戦時連立内閣が成立した。
この映画は、首相に就任したチャーチルが、国民の気持ちを徹底抗戦にまとめあげる感動的なスピーチを行うまでの約3週間を、日付を追って一日ごとに描いている。
チャーチルは、副題に表現されているように「ヒトラーから世界を救った男」なのだ。
チャーチルが徹底抗戦という選択をしたから、ヒトラーを敗北させることができたのだから。

第二次世界大戦前期の1940年5月、戦況はナチス=ドイツの圧倒的優勢だった。
ヒトラーはデンマーク、ノルウェー、オランダ、ベルギーへ侵略をすすめ、さらにパリ占領も目前という状況だった。
ダンケルクに追い詰められた連合国側の兵士約40万人も壊滅の危機に瀕していた。

この時点でイギリスは判断を迫られる。
和平交渉の道を模索するのか、徹底抗戦を貫くのか。

就任したチャーチルの苦悩は深い。
退陣したチェンバレンはなおも議会を和平交渉に導こうとする。
内閣の中にも徹底抗戦を支持するものはいない。
組閣を命じたジョージ6世ですらチャーチルを信頼していない。

しかもチャーチルは、過去に大きな失敗をしている。
それは第一次世界大戦の際、海軍大臣として立案した「ガリポリ作戦」。
イスタンブルを占領することができず、6万の戦死者を出した。

華々しい経歴を持って首相に就任したというわけではないのだ。
しかし、失敗と挫折の前半生を送っていたチャーチルは、そこから這い上がって65歳という高齢で首相に就任し、見事なリーダーシップを果たした。


歴史の展開がこの先どうなるかはわかっているので、つい安心して作品を見てしまった。
チャーチルは「ダンケルクの撤退」を命じ、奇跡のような40万人の兵士の救出を成功させた。連合国軍側はそこから反撃に転じ、第二次世界大戦は連合国側の勝利に終わった。

和平交渉か徹底抗戦かというのは歴史の中で常に付きまとうテーマであると思う。
戦争は絶対に避けるべきだ。
何としてもそうならないように最後の最後まで、和平交渉の道を模索し、開戦を避けるのが望ましいと思う。
しかし、そんな考えは甘いと言われてしまうような極限の異常事態が第二次世界大戦だった。

歴史に「もし」をいっても仕方ないが、ヒトラーという人物なら仮に和平交渉にいったん応じても、結局それを反古にしてしまうだろうと思う。
ヒトラーに対する眼力はチャーチルの方が正しく、チェンバレンは甘かったというしかない。
ヒトラーという史上最悪の人物に対して和平交渉を進めるのは誤り、という判断は、1938年のミュンヘン会談においてネヴィル=チェンバレンがとった宥和政策が破綻した時点で、明らかなことだった。
チャーチルが徹底抗戦の道を選択せず、和平交渉を進めようとし、ヒトラー―がそれを無視して全ヨーロッパ支配を企てたかも知れないと思うと恐ろしい。


と、まあ、この映画を観たとき、普通に以上のようなことを考えた。
が、いろいろ考えているうちに、逆の「もし」に行き当たってしまった。
つまり、徹底抗戦を選択したチャーチルの作戦がことごとく失敗してしまっていたら・・・。
ダンケルクの撤退もノルマンディー上陸作戦も、いずれもどちらに転んでもおかしくないギリギリの作戦だった。
戦争に勝利することができなかったら....。
ドイツを敗北に追い込むことはできなかったら....。
和平交渉の道を模索しなかったチャーチルに対する非難は計り知れないほど大きなものとなったことだろう。

と、考えても仕方のない「もし」が頭の中をグルグルとめぐる。
そして思う。
歴史の評価も結果次第。

近年の調査では、世界の経営者が尊敬するリーダーの1位がチャーチルだったという。

責任ある立場におかれた人間は選択をしなくてはならないのだ。
どちらに転ぶかなんてわからない。うまくいく保証は全くない。
しかも、全てが自分の判断にかかっている。

トップに立った人間は、覚悟をもって決断を下さなくてはならない。
そんなギリギリの状況下で、覚悟をもって、チャーチルは徹底抗戦を貫くという決断を下した。
結果は正解だった。(しみじみ、よかった!)


リーダーとはそういうものなのだろう。
ぬるい環境の中で、判断を人に委ねてしまってばかりいるわが身を思った時、「ぼーっと生きてんじゃねえよ。」という自戒の言葉が浮かんだ。

『ウィストン=チャーチル』
2017年製作。2018年3月公開。
チャーチルを演じた主演のゲイリー=オールドマンがアカデミー賞主演男優賞に。

プライム・ビデオに配信されてきたので見てみました。(アマゾンのプライム会員は年会費3800円。配送料無料がもとをとれるほど本を購入しているわけではないけれど、こうして勝手に無料の映画が配信されるのも悪くはないので、しばらく年会費を払い続けてみようと思っています。)


『ブーリン家の姉妹』

ブーリン家の姉妹 1

高校の世界史の「宗教改革」の単元では、ルターの改革、カルヴァンの改革、イギリス国教会の成立、対抗宗教改革の4つの内容を学ぶ。なので、世界史受講者ならば、イギリス国教会の成立については、どのような事情によりそういう展開になったのかは、基本的な知識ではある。
でもまあ、日本史受験だったから世界史はサボった(必修科目ですが)という方や、そんな内容は忘れてしまったという方のために。
(くどいかもしれませんが。)
英王ヘンリ8世はアン・ブーリンと結婚するために、王妃キャサリンとの離婚問題を起こす。離婚を認めないローマ教皇に対して、ヘンリ8世はローマ・カトリック教会から離脱して、国王至上法(首長法)を出して、イギリス国教会を成立させる。きっかけはアン・ブーリンが王妃になりたいからキャサリンとの離婚を迫ったという事情なのだが、結果的に、イギリスはローマ教皇の干渉の排除、王権の強化という目的を果たすことになる。

時代背景や重要人物の人間関係をつかんでおけば、ストーリーが理解しやすいので、以上の事情は頭に入れておくといいと思う。

それにしても。
「アン=ブーリンとは、こんな女だったのか。」と、ため息が出るような展開の作品だった。

この作品を、16世紀のイギリスの宮廷を描いた歴史ドラマとしてとらえることもできなくはないけれど、見終わってあと、時代設定を越えて、人間の生き方、女性の生き方をテーマとした作品なのだなとを思った。
アンとメアリーという性格から考え方からあまりにも対照的なブーリン家の姉妹を通して、人間にとって何が大切なのかを考えさせられる。

アン・ブーリン(ナタリー・ポートマン)が激しい。美貌と頭の良さを備えた彼女は、自分の才覚で事を思い通りに運ぼうとする。人を操り、人の善意も利用する。
さらに彼女は人としてしてはならないことをしている。
一つは妹のメアリー(スカーレット・ヨハンセン)が王の寵愛を受けている時、嫉妬からメアリーにつらく当たり、腹いせとばかりに許嫁のいるヘンリー・パーシーの気をひき、結婚式まで挙げてしまう。許嫁のいる男性を奪い取る、しかもそれをわかっていながら相手の気をひくというのはやってはいけないことでしょう。たまたま恋に落ちてしまったというのなら仕方ないかもしれないけれど。王の寵愛を受けられなかった不満をゆがんだ方向に向けてしまったとしか思えない。(この結婚の事実は、家族の配慮でなかったこととしてもみ消されるが。)
さらに最悪なのはメアリーが辛い妊娠期間を経て、ようやくヘンリ8世の子供を出産(しかも生まれた子は男の子だった)したその日に、ヘンリ8世の寵愛を受けメアリーを捨てさせてしまったこと。メアリーは(本人の希望したことでもあるが)せっかくイギリス王の子供を産みながら、宮廷を去り田舎で暮らすことになる。

その後、アンは自分が妊娠した時、助けが欲しく、妹との和解を求める。
このあたり、アンはメアリーを利用することしか考えていない。
メアリーはあれだけひどいことをされながら、関係修復に応じ、姉を支えようと決意する。実の姉なのだからという理由で。

この後のアンは自滅の道を歩む。歴史的にアンの末路はわかっていたけれど、まさに自滅だなと思う。人を圧倒するほどの美貌をもっていたとしても、人並み外れた才覚をもっていたとしても、人の心をあやつって思い通りに事を動かすことなど、できるわけないのだ。

歴史的にアン・ブーリンは有名だが、メアリーという妹がいたことは知らなかった。後にエリザベス1世となるアンの娘を育てた女性だ。
初めてこの作品を見た時はアンを中心にストーリーをおってしまったけれど、今回改めて見直し、メアリーに注目してみると、地味でめだたないような雰囲気を持ち、アンに振り回されてしまったようなメアリーが、人に対して常に誠実に向き合い、しっかりとした価値観を持ち、自分にとって何が一番大切なのかがわかっている女性として描かれているのがわかった。
ラスト、幼いエリザベスを抱きながら宮廷から去っていくメアリーの姿は毅然としていて美しい。
その後、メアリーは結婚し、田舎でエリザベスや自分の子供たちを育てながら夫とともに幸せに暮らす。
激しいストーリーの展開だっただけに、このエピローグにほっとさせられた。

『ヴェルサイユの宮廷庭師』

ヴェルサイユの宮廷庭師 2


Wowowで録画を撮りためていたものの中から、何となく選んでみてみた。
作品の評価についても、どういうストーリーなのか、どんな作風なのかの知識もなく見始めた。
見終わった後、何か心が癒されるような、力が湧いてくるような気持ちになれ、この作品好きだなと思った。

時代背景は、まさにフランスの絶対王政の最盛期ルイ14世の時代。絶対権力を持つルイ14世が、豪壮・華麗なヴェルサイユ宮殿を造営中で、家族でここに引っ越して住もうとしようとしているさなかの話。
ヴェルサイユは宮殿だけでなく庭園部分が広大で素晴らしい。広い林の部分もあり、いくつかの人工的な噴水などを含む造園もある。その一部分を任されたのが、主人公のサビーヌ・ド・バラ(ケイト・ウィンスレット)。
この人物は架空の人物だそうなので、この作品自体がフィクションである。

世界史教師をやっているので史実かどうかにこだわりを持ってしまう私であるが、この作品についてはそれはどうでもいい。
この作品の見どころは、サビーヌが毅然として、数々の妨害にも負けず、自分にまかされた区画に美しい庭園を造り上げていった強さだと思う。

それは同時代の貴族の女性たちが宝石やドレスで自分を美しく見せることだけに精力をかけ、舞踏会で媚を売り男性の気をひいて、自分の存在を誇示するような生き方の対極をなしている。
泥にまみれ、力仕事もいとわず人夫と一緒に庭を造り上げていく姿は美しい。(17世紀にこんな女性がいたかしらとも思いますが。)

終盤でサビーヌの過去が明かされる。
マダム・ド・バラと呼ばれている彼女が未亡人であるのは見ている途中でわかるのだが、未亡人になった理由はずっと明かされないでストーリーは進行してきた。
ここで、彼女が馬車の事故で夫と愛する娘を失ってしまったことが事情が判明する。
その事故の原因はサビーヌにあった。自分のもとを去ろうとしている夫の馬車を止めようとして、馬車の前にとび出てしまったのだ。そのせいで馬車は崖から転落してしまう。

サビーヌはどんなに自分を責めたことだろうかと思う。

**********

facebook上の記事で、“リジリエンス”という言葉を知った。一般的な認知度としてはまだそれほど高くない言葉だと思う。私はこの言葉がもっと広がればいいと思う。

Wikiによれば、“リジリエンス”とは、「“脆弱性”の反対の概念であり、自発的治癒力の意味である。精神的回復力、抵抗力、復元力、耐久力などとも訳されるが、訳語を用いずそのまま”リジリエンス”と表記して用いることが多い。」とある。

私はこの作品を、サビーヌのリジリエンスの物語なのだと捉えた。
自分のせいで夫と娘を失ったサビーヌは人生のどん底とでもいうべき苦悩を味わったことであろう。このような過酷な体験は往々にして人から生きる気力を奪ってしまうことだろう。
しかし、サビーヌは生きた。そこから立ち上がった。

ヴェルサイユの一角に自分が設計し、人夫たちとともに汗を流し、泥まみれになりながら造り上げた庭園を築き上げることで。

創造とは人を蘇らせる力があるのだな。
大きな挫折から立ち上がった人間は、それ以前とは比べ物にならないくらい、強くたくましく、深い。

60歳をとっくに過ぎたというのに、まだまだ弱い自分を感じている私ですが、苦しい時には、これが自分を強くする試練なのだ、と受け止めたい。必ず乗り越えられる、と信じたい、と思う。
この作品を見て、”リジリエンス“という言葉が浮かび、だから、見終わった後に気分が良かったのだと思った。
プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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