プライベート ライアン

前回、「リンカーン」について書いた。
スピルバーグ監督の作品である。
なので今回は、スピルバーグ作品で見逃しているものに挑戦することにした。

スピルバーグというと、「E.T.」、ジュラシック・パーク、ジョーズ、インディ・ジョーンズなどがうかんでしまうが、シリアスな社会派の作品も多い。

さっそく、TSUTAYAで「プライベート・ライアン」を借りてきた。

ここまで書くと、映画ファンの皆様には、なんだ、おまえは、これもまだ見ていなかったのか、と言われてしまいそうだ。
そうです。今まで、そこそこ見てはいるけれど、ものすごく見ているというわけではないのです。
でも、ものは考えよう。
ということは、今後、老後たっぷりある時間、楽しみが数限りなく残されているということです。

そして、もう一つの事情。
臆病な私は、映画の残虐なシーンが苦手で、ホラー映画や戦争映画を避けてきた。
お金を払ってまで、わざわざ見たくはないと思っていた。
特に20~30代くらいまでそうだった。


が、そんなことは言ってられない。世界史の授業に関わっているのだから。
過去に起きた悲惨な人間の歴史を見据えていかなければ。

この映画の冒頭からの20分間は、第二次世界大戦中のノルマンディー上陸作戦の壮絶な戦闘シーンだった。
その迫力は凄まじく、顔をしかめながら出なければ見られなかった。

そして思う。

手足が吹っ飛んだり、内臓がとびだしているようなグロテスクなシーンは苦手ではあるけれど、それでもこれは、あくまでも映画のシーンなのだ。

過去の現実に、この映画で描かれているような、悲惨な戦場があったのだ。
現実のこの現場にいた兵士たちの思いはどれほど悲痛なものであったか。

世界史の授業をやっていると、1944年6月、連合軍側が、ノルマンディー上陸作戦を成功させ、8月パリ解放。勝利への流れを決定づけていく・・・。とつらつらと説明してしまう。

ここで奪われた多くの命とそれぞれの人生。一人一人の兵士の苦痛と無念について、思いをはせようと思う。


さて、映画について。

プライベート・ライアン
原題は ”Savinng Private Ryan"   ライアン2等兵の救出。

ノルマンディー上陸作戦に活躍したミラー大尉に、全く別の任務が下される。
ライアン二等兵を探し出し、本国に送還せよ、という命令だ。

何故そんな命令が下ったのか?
ライアンの3人の兄がこの戦争中に戦死してしまったため、故郷で待つ母親のことを考えての上層部の配慮だった。
彼女の4人の息子全員をこの戦争で死なすわけにはいかない。
せめて末息子のジェームズ・ライアンだけでも、無事に、彼女のもとに帰したい。

一人を救出するために、ミラー大尉以下8人の部隊が送り込まれる。
しかし、広い戦場のどこにライアンがいるのかがわからない。
敵地もくぐり抜けなくてはならない。
一人を救出するために、犠牲者が一人、二人と増えていく。

この任務自体に疑問を感じ始める兵士たち。
しかし、軍隊において、命令は絶対だ。
小部隊の統率をとるミラー大尉。

ついにライアンを見つける。
そして、すぐに帰国せよという命令が伝えられる。
が、ライアンのとった行動は・・・・。

(映画の案内だったら、ここで止めて、あとは、映画を見てください、ということになるのだろう。
ネタバレになってしまうけれど、勝手に続きも述べさせてもらいます。)

ライアンは、「仲間をおいて、自分だけが帰国するなんてことはできない。」という。

「持ち場を離れることはできません。」
「帰れという命令だ。」
「従えません。」
「アメリカ軍参謀総長の命令だ。」
「わかりません。なぜ自分だけ?」

ライアンは残る決意をする。
そして母親にこう伝言してくれと頼む。
「僕は戦場での兄弟を見捨てずに残って戦った。」と。


死と隣り合わせの究極の現場で、この感情はありうると思った。
ライアンの置かれていた現場は、数人で橋を守っているという状況だった。
援軍は遅れている。人手不足も甚だしい。
今、自分が抜けるわけにはいかない。

そして、ミラー大尉。
ライアンのを残して引き揚げる、という選択もあった。
しかし彼は、そこに残って一緒に戦い、生き残って帰国する、という道を選ぶ。
生き残れるという保証は全くない状況下で。
でも、それができれば、胸を張って故郷に帰れる。と。


俳優について。

ミラー大尉にトム・ハンクス
味があるなあ。
危険極まりない戦争の最前線に送り込まれたら、せめて尊敬できる上官のもとで戦いたい。
上からの命令が絶対である軍隊において、上官がくそ野郎だったらやってられない。

尊敬できる上司とは・・・、統率力、判断、思いやり。それだけではなく、その人の価値観、生き方そのものといった全人格的なものが関わって来ると思う。


ライアン2等兵にマッド・デーモン。
これは1998年の映画で、彼は1970年生まれだから、このとき28歳。
いい若者だ。

苦悩する表情、笑った時の表情。そのメリハリがいい。

彼は「インビクタス」という映画で、ネルソン・マンデラ大統領を演じるモーガン・フリーマンと共演した。
偉大な人格に出会い、影響を受けていく若者。
彼はそんな役柄を演じるのにぴったりの俳優だ。


最後に。
良かったです。この作品。オススメ度でいうと、★★★★★。






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リンカーン

前回、奴隷貿易廃止に尽力したウィルバーフォースを描いた作品「アメイジング・グレイス」について書いた。
場面はほとんどがイギリス議会の議場。
これを見ていたら、昨年、映画館で見た「リンカーン」がもう一度見たくなった。

手帳を確認したら、昨年の4月21日に見に行っていた。
世界史教師をしているという事情もあり、見ておけねばならぬという義務感も働いて見に行った映画だ。

勝手な先入観があった。貧しい農民の出身だったリンカーンの半生や、南北戦争の戦闘シーンなどの場面展開のある映画だと思っていたのだ。
そうではなかった。時期は、南北戦争末期の1865年1月に限定している。
場面のほとんどが下院の議場で、憲法修正13条の成立をめぐる共和党と民主党のやりとり。

浅はかな私の勘違いもあった。
リンカーンが奴隷解放宣言を出したのが1863年。北軍が勝利すれば、あっさりこの宣言により、アメリカ合衆国全土で奴隷解放が実現すると思っていたのだ。
認識不足。こんなこと生徒に言えない。

で、以下の点を理解していないと、何が争点なのかわかりにくいので、少々、解説しておく。

リンカーン
2012年のアメリカ映画。スティーヴン・スピルバーグ監督。
リンカーンを演じたダニエル・デイ=ルイスはアカデミー主演男優賞。
南北戦争末期の1865年1月、アメリカ合衆国の下院における憲法修正13条の成立をめぐるリンカーン大統領の苦悩に的を絞った作品である。

リンカーン大統領の苦悩の原因は何か。
修正案を可決させるには、3分の2の賛成がいる。共和党議員全員が賛成票を投じても、あと20票足りない。
なんとか、民主党議員の一部を取り込んで、賛成に回らせなければならない。
そのためには買収まがいのこともする。

苦悩の原因は複雑である。
この悲惨な戦争を早く終わらせたい。南部の敗北は目前である。
しかし、修正案が可決する前に和平が成立してしまえば、賛成票は入れないという南部議員もいる。
修正案が先に成立した場合は、和平がこじれる。奴隷制の維持に固執して、連邦から離反する州が出る可能性もある。

和平と修正案の成立。時間的なさじ加減が微妙なのだ。

リンカーンはアメリカ合衆国の再統一と、アメリカ合衆国全州における奴隷の解放を目指しているのだ。

そのためには、南部からの和平交渉の使節を、ワシントンまで来させずに、バージニア州で待機させておくという、ばれたら問題になるワザも使う。

議員の中にはスティーヴンスのような急進派もいる。
彼は、人間は完全に平等だと考えている。
人種間の差はない。白人と黒人との間に優劣などないと。
しかし、それを強調すれば、反対派の反発はさらに強くなる。
そのため、彼は、修正案の言っている平等は、人種間の平等ではなく、「法の前の平等である。」ということにとどめる。
これは、彼が長年言い続けてきたことからの後退で、彼にとっては屈辱なのだ。
しかし、彼は自制し、法案が可決されることを優先する。



最後に。
恥をしのんで白状してしまえば、理解力の低い私は、実は、映画館で初めて見たとき、この和平交渉の使節に絡む展開と、スティーヴンス議員の場面がよくわからなかった。
心の中で、「なぜだ?」
しかも、世界史を教えているという自分が理解できないのはまずい、という変な見栄が働いてあせった。

DVDを借りてきて、ゆっくり見たら、非常によくわかった。

映画はとにかく楽しまなきゃね。
劇場で見れば、大勢の人と感動を共有できる。
大画面の前の空気感は、自宅のソファにそっくり返ってみるのとはちがう。
これが劇場で見る最大のメリット。

でも、よくわからなかったら、DVDで検証してみよう。
なんて、こんなヒマジン、いませんよね。




アメイジング・グレイス

生徒のRちゃんから「アメイジング・グレイスって映画を見ましたか?奴隷貿易廃止に活躍したウィルバーフォースの話で、首相のピットも出てきますよ。」と教えてもらった。
Rちゃん、ありがとう。
その映画は、ちょっと前にNHKのBSのプレミアムシネマで放映されていたのだけれど、録画しただけで満足してしまい、実は、まだ見ていなかったのだ。

で、家に帰ってから早速見た。

アメイジング・グレイス
2006年のイギリス映画。
奴隷貿易廃止の法案を成立させようとするイギリスの若き政治家ウィルバーフォースとその親友ピット。

正しいと思って貫こうとしても、それを達成するまでには時間がかかる。

奴隷たちの悲惨さを訴えても、奴隷貿易による利益を受けている連中はそれを手放そうとしない。
議員の多くが西インド諸島で利権を持っている。
農園に投資するものも、船を所有するものもいるのだ。

「奴隷を持たなければ農園もない。農園なしでどうやって財源を確保するのだ。」
「イギリスが奴隷貿易をやめても、それをフランスの横取りされるだけだ。」
反論する議員たち。
個人としては奴隷貿易廃止を支持したくても、地元を代表する立場だからそれはできない、というリヴァプールの議員。

でも、リルバーフォースは負けなかった。


世界史教師の立場から、しつこいけれど、補足説明。

1713年のユトレヒト条約で、イギリスはアシエント(スペイン領アメリカに黒人奴隷を供給する特権)を獲得した。
以後、イギリスは、奴隷貿易、砂糖貿易で莫大な利益を得る。
アフリカ西海岸には武器(イギリス製の銃や刀剣)が輸出され、部族間で戦わせ、捕虜が奴隷としてアメリカ大陸に運ばれたのだ。その黒人奴隷がアメリカのさとうきびプランテーションで過酷な労働を強いられ、砂糖がヨーロッパに輸出される。
武器 ⇒ 黒人奴隷 ⇒ 砂糖  
悪名高い、18世紀の大西洋三角貿易である。

イギリスで奴隷貿易廃止となったのが1807年。奴隷制度が廃止となったのが1833年。
これは、世界史受験生にとっては必須事項。
ウィルバーフォースは山川の世界史用語集に頻度数1で掲載されていた。
つまり、11冊の世界史Bの教科書のうち1冊にだけ、記載があるということ。

日本人にとってはそれほどメジャーな政治家ではない。
が、信念の政治家だ。
ウィウバフォースが、奴隷貿易廃止のための最初の議案を提出し、あっさり否決されたのが1791年。
ようやく法案が可決されたのが1807年。
活動を始めた時期から数えると、成立までに20年かかっている。

その間に、親友のピットもフォックス卿も死んだ。
ことを成し遂げるのは大変なことなのだ。


もう一つのみどころ
ジョン・ニュートンが粗末な修道士の服装で裸足で、教会の掃除をしているところ。
彼は奴隷貿易に携わっていた。そして、無残に死んでいった22万人の奴隷たちの亡霊とともに暮らしている。
彼も苦しいのだ。過去の行いを悔いている。

その対局にいるのが、自分たちの利益のためだったら、奴隷たちが悲惨な扱いを受けていることなど、気にもかけない議員たち。
想像力の欠如だ。奴隷たちがどんな悲痛な思いで死んでいったかを、想像してみることすらしないのだ。

ウィルバーフォースは、タンスの引き出しの中に入ってみる。
奴隷船で運ばれた奴隷たちに与えられたのと同じ大きさの空間だから。
そこに入れられた奴隷たちの気分を味わってみようとしているのだ。

人間には2種類がある。平気な人たちと、苦しむ人たち。
いつの世も同じだ。







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ドクトル・ジバゴ

世界史の問題の中に、20世紀の文化に関する出題で、作者-作品名の組み合わせの誤りを問うているものがあった。
「怒りの葡萄」-パステルナークという誤った組み合わせがあり、これを選ばなくてはいけない。
「怒りの葡萄」はスタインベックの作品で、これは、浜島書店の史料集の文化史をまとめた表のなかで、かろうじて太字。
パステルナークにいたっては、山川の用語集にも、浜島の史料集にも掲載されていない。

だから生徒は知らない。

「パステルナークってだれですか?」
「ドクトル・ジバゴの作者だよ。」
「ドクトル・ジバゴってなんですか?」

と、おおむねこんな会話になる。

すると、同僚の英語教師Iさんが、「ドクトル・ジバゴ}という懐かしい響きに反応してきた。
私と同年代のIさんは、学生時代に、まだ恋人だった現在のご主人と二人で見に行ったという。
そりゃ、思い出の映画だね。

当時、リバイバルというのがあった。
「ドクトル・ジバゴ」は1965年の映画で、私たちの学生時代は1975年前後であるから、リバイバル上映だったということだ。

今は、新しい作品ができて、封切りになったあと、一定期間が過ぎるとDVDになって販売される。
当然、TSUTAYAで借りられる。

昔は、「ドクトル・ジバゴ」という作品を見たいと思っても、リバイバルできた時に見逃してしまったら、テレビの洋画劇場で放送してくれるのを待つしかなかった。

Sくんへ。
今は、TSUTAYAに行けば、100円で借りられるよ。貸し出し中でなければいつでも。
ちょっと長いから、時間に余裕がないとだめだけれどね。
受験が終わったら、借りに行ってごらん。


ドクトル・ジバゴ
1965年、アメリカとイタリアによる合作映画。
米アカデミー賞で、「ララのテーマ」で作曲賞を受賞したモーリス・ジャールをはじめ、5部門を受賞。


ジャンルは恋愛ドラマ。ロシア革命に翻弄される医者のジバゴとその妻トーニャ。そして、ジバゴが心を寄せてしまう美しいラーラ。

映像が美しい。窓ガラスに張り付く雪の結晶。春が来て、雪景色が一変して、家の周り中が水仙の花の黄色に囲まれるシーン。
小道具のバラライカの使い方が素晴らしい。ララのテーマを奏でているロシアの代表的な弦楽器だ。
ネタバレになってしまうけれど、これが最後のシーンで出てきたときに、父から子へ、そしてその子孫へと脈々と続く、人間の営みを感じた。



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アラビアのロレンス

今日からブログを始めます。

1955年、昭和30年の生まれである。この年から神武景気となり高度成長期が始まった。
翌年の1956年の経済白書には「もはや戦後ではない。」と記述され、流行語となった。
私が育ったのは、神奈川県津久井郡という田舎で、「となりのトトロ」のメイちゃん、さつきちゃんが暮らしていた家のように、土間に台所があり、母はカマドでご飯を炊き、七輪で味噌汁を作っていた。手押しポンプの井戸もあった。
 
そんな家にテレビが入り、東京オリンピックのころには、それがカラーテレビに変わった。
当時、淀川長治さんが解説する日曜洋画劇場や、水野晴夫さんの水曜映画劇場があり、田舎に住んでいる私でも、名作に触れることができた。

時は流れて、2014年。流行の映画を見ようと思えば、隣町のシネコンに行けば、夫婦割引2人で2000円、またはレイトショーで一人1200円で見ることができる。
NHKのBSのプレミアムシネマという番組では昔の名作を放映してくれる。
自宅から2分のところにはTSUTAYAがある。なんと旧作は1本100円で借りられる。

ありがたい世の中になった。
見たいと思えばいくらでも見ることができる環境にあるのだ。

そこで決めた。徹底的に見てやる。1960年代の古いものから、流行の新作まで。

そして、特に、その映画ができた後に生まれた若い世代に、名作を紹介したい。

で、手始めに、デビット=リーン監督の「アラビアのロレンス」と「ドクトル・ジバゴ」を借りてきた。
近所のTSUTAYAだけれど、きちんと在庫があって、お店の人がDVDの盤を磨いてくれた。

アラビアのロレンス
1962年のイギリス映画。
私たちの世代は誰もが知っている有名な作品。
砂漠をラクダに乗って駆け抜けるロレンスがカッコ良く、戦闘シーンも迫力があり、アカデミー賞の作品賞となったののもうなずける。

しかし、昔、テレビで放映されたときに、なんとなく見ていただけの当時の自分が、きちんと時代背景や、ロレンスが目指していたこと、そして現実の結果がどうなったのかということを理解していたかというと、まるで分っていなかったというと言うしかない。

現在、社会科教師をしていて、世界史を教えているという私としては、若い世代に、基本的な歴史の知識を持ったうえで、この作品を見てほしいと思う。

時代背景
第一次世界大戦、連合国側のイギリスは、同盟国側のドイツ、トルコ(オスマン帝国)と戦っていた。当時のトルコはかつての大帝国としての領域は縮小されていたとはいえ、シリア・イラク・アラビア半島を領有していた。
そして、そこでは、長い間、トルコ支配に甘んじていたアラブ人が、国家建設を目指して民族的な動きを見せていた。
トルコを相手に戦争をしているイギリスは、当然、アラブ人の勢力を利用しようとする。
そんなイギリス軍の中で、アラブ人の立場に立って行動したのがロレンスだ。

登場人物および配役
主役のロレンスにピーター・オトゥール。
ハウェイタット族の首長アウタ・アウ・タイがアンソニー・クイーン。映画「道」の中でジェルセミノを捨てて行った旅芸人のゼルビノを演じた俳優。
架空の部族ハリト族のアリはオマー・シャリフ。ドクトル・ジバゴだ。

世界史教師の補足説明
フセイン・マクマホン協定(1915)とサイクス・ピコ協定(1916)という用語は、映画の中でも出てきた。この2つの協定と、この映画とは直接関係ないけれど、バルフォア宣言(1917)の内容は理解しておきたい。
イギリスは、アラブ人に対して、戦争協力を条件に独立の承認を約束し、一方で、ユダヤ人の資金協力を期待して、建国の支援を約束した。さらに、フランス、ロシアとはこの地域の領土分割の約束までしていたのだ。
この3つが第一次世界大戦中にイギリスが行った3つの矛盾する約束。秘密外交がもたらした弊害だ。

さらに。
映画の中に出てくるファイサルとは、フセイン・マクマホン協定を結んだハーシム家のフセインの3男。父フセインは、1916年、アラビア半島西岸にヒジャーズ王国を建国するが、これは、1924年に、サウード家のイブン=サウードに滅ぼされてしまう。その後、息子のファイサルは1932年にイラク王国を建国する。

そして、サウジアラビア王国を建国したサウード家のイブン=サウードと、イラク王国を建国したハーシム家のファイサルの反目という構図が出来上がる。

以上、話がそれてしまった。
が、、アラブの歴史の展開には、アラブの中での部族間の対立と、それにからむ大国、当時でいえば、イギリスとの関係がおおきくかかわってくる。
現在のシリアに置き換えればアサド政権と反政府勢力の対立、それに絡むアメリカとロシアの駆け引き。
状況は混迷を深めるばかりである。

なんでそんなことになったかということは、歴史を勉強して知るしかない。

そして、とにかく「アラビアのロレンス」はまちがいなく、名作。
映画を見ることも、学ぶことの入り口になると思う。




プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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