それぞれの選択

前回のブログで、「伊能忠敬」について書いた。
彼が全国を測量し日本初の実測地図の作成にとりかかったのは隠居後で、それまでは、伊能家の婿養子、佐原村の名主としての立場を優先させた。
家庭人、社会人としての務めを果たしたのち、高齢となってから、さらにまた大きな仕事を成し遂げたという点で、あっぱれな人生と敬服した。

しかし、なんせ、人生は1回きりである。
やりたいことを「隠居後に」などと先の楽しみにしているうちに、体力と寿命がなくなってしまったというのでは元も子もない。

伊能忠敬の人生とは全く対極にあるような生き方を選択した人物のことが頭に浮かんだ。

ポール=ゴーギャン。
彼は、絵を描くために、35歳で株式仲買人の仕事を捨て、家族を捨て、果てはタヒチまで行ってしまった。

ゴーギャンの絵画に描かれているタヒチの女性たち。
文明社会の中で、時計をみながら分刻みのスケジュールに振り回されている私たちは、豊かな自然の中で、まったりした時間とともに生きている彼女たちの力強い姿に圧倒される。

ゴーギャンは、「絵を描きたい」という情熱をおさえられなかったのだろう。

しかしながら、結局彼は、貧困のうちに孤独に死んでいく。
彼の絵が評価されるのは、彼が死んでからで、生きているうちに高い評価を得ることはなかった。

私なら、「やりたいこと」と「失うもの」の重さを天秤にかける。
「失うもの」の重さが大きかった場合、「やりたいこと」を躊躇するだろうと思う。
(つまり凡人なのです。)



ゴーギャンと似たような選択をしたのが西行。
北面の武士であった佐藤義清(のりきよ)は、突然、出家し西行となる。
その際、追いすがる4歳の子を縁側から蹴落として出て行ったという。
(私はつい、突き落とされた子供の方を心配してしまう。
心に傷を負ったのではないか? その後、まともに成長しただろうか?
書いていて、自分が芸術至上主義者でないことがわかった。
一市民としてのまっとうな生き方ということに価値観を置いている。
勝手なもので、ゴーギャンの絵が大好きで、西行の歌の世界にあこがれているけれども。)


「追いすがる子を振り切って」ということで思い浮かんだのがイギリス首相のサッチャー。
映画「マーガレット=サッチャー」では、メリル=ストリープが演じるサッチャーが追いかけてくる子供を振り切って、車を出させるシーンがある。

いくら「鉄の女」とはいえ、泣きながら追いかけてくる子供を置き去りにして、仕事に向かうというのは身を切られるような辛さがあったろう。
「母性愛」と「使命感」とのせめぎあい。
そして、「母親として」よりも「政治家として」の立場を優先させたサッチャー。



何かを選べば、何かが犠牲になる。
それも分かっていて、彼らはおのれの生き方を選択したのだろう。

高齢になってから花を咲かせた人

私事ながら満60歳になりました。

だからと言ってどうこうということはないのだが、やはり、年齢について考えてしまう。
統計上の分類でいうと65歳以上が老齢人口であるから、「まだまだ生産年齢人口に属している」とは思うのだが、60歳というそれなりの年齢に達したのだから、高齢者であることをしっかり自覚して生きていかねばと思う。

さて、年齢のことをあれこれ考えているうちに、「高齢になってから花を咲かせた人」というテーマを思いついた。浮かんだのは、時代も分野もまるで異なるのだが、伊能忠敬松本清張だった。




伊能忠敬は、全国を測量し、日本初めての実測による日本地図を作成した。
しかし、彼が日本地図作成に取り掛かったのは隠居後のことだった。

忠敬は、18歳で下総国佐原村の伊能家に婿養子に入り、傾きかけていた伊能家を再興する。
36歳で佐原村の名主となり、天明の飢饉では、私財をなげうって地域の窮民を救済した。
50歳で隠居し、家督を長男に譲り、江戸に出て幕府の天文方、高橋至時に学ぶ
このとき、師匠の至時31歳、弟子入りした忠敬は50歳であったという。
その後、56歳から足掛け17年をかけて全国を測量し、74歳で没した。
彼の死後、弟子たちによって、日本初の実測地図『大日本沿海輿地全図』が完成した。

婿養子、村の名主としての責務を十分に果たしたのち、隠居後にさらに大きな仕事を成し遂げた、というところが素敵だと思う。
もともと暦法や測量に興味があったようなのだが、50歳を過ぎてから江戸に出て、19歳年下の至時に師事し、新しいことに挑戦し、学ぶというエネルギーに敬服する。
おそらく、ずっと地図の作成がしたかったのだが、婿として名主としてするべきことがあり、隠居してそれから解放されるまで、やりたいことを我慢していたのではないかと想像する。

○○○
松本清張は、若いころから文学に対する情熱はあったのだが、生家が貧しかったため、高等小学校卒業後、給仕、印刷所の版下工、その他の職を転々として、苦しい生家の家計をささえた。その後、本格的な作家活動に入るのは、広告部員として働いた朝日新聞社を退社してからで、この時すでに40代後半になっている。
彼もまた、家庭の事情で自分のやりたいことが自由にできず、人生の後半期になるまで、それができる環境になるのを待たなければならなかった。
だからだろうか、作家活動に専念した松本清張は、驚くべきスピードで、多くの傑作を執筆した。


「高齢になってから花を咲かせた人」という変なテーマをつくってしまったが、彼らを見ていると、大切なのは、何歳であろうが、やりたいことに対する熱意だということに気づかされる。

彼らが一花咲かせるまで、なぜ年月がかかってしまったかというと、家庭人として、社会人として、それぞれの事情を抱えていたからであり、それを放棄せずにやりとげてから、自分のやりたいことに取り組んだからである。

人は様々な事情を抱えているのだから、60歳という年齢は、「やっとこれから好きなことができる」、という年齢なのかもしれない。

ただ、そういう状況になれたとしても、凡人はなすべき何かがなかなか見つからないのだけれども。
自分自身を考えた場合、この年齢になってから「花を咲かせる」なんてことはできないが、、伊能忠敬のエネルギーを見習えば、何かはできると思う。
先日、人生の先輩から60代なんてまだまだ若者だ、と叱咤されてしまった。

楽隠居はまだもう少し先に見送っておこう。
プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

検索フォーム
リンク
QRコード
QR