『ダラス・バイヤーズクラブ』

『ダラス・バイヤーズクラブ』
2013年のアメリカのドラマ映画。
モデルとなったロン=ウッドルーフの役をマシュー=マコノヒーが38ポンド(約17kg)の減量をして演じた。

前回の『フィラデルフィア』と同様、エイズ患者が主人公の話。
映画の製作時期はだいぶ違うが、いずれもモデルとなった人物は1980年代にHIVに感染しているので、ほぼ同時期の時期設定となっている。
しかし、この2つの作品のテーマはまったく異なる。
『フィラデルフィア』は「ゲイ」と「エイズ患者」に対する偏見と差別に対する闘いがテーマ。
一方、『ダラス・バイヤーズクラブ』のロンはまったく違う。ロンは無類の女好きなのだ。彼はゲイに対してかなりひどい差別的、侮蔑的な暴言を吐いている。そんな彼がHIVに感染していた。エイズはゲイがかかる病気という認識をもち、しかもゲイを毛嫌いしているロンにとってこれは受け入れがたい事態だった。しかし、異性間の性交渉でもHIVは感染するのだ。さらに、血液検査の結果、宣告されたのは、余命30日!!!
ロンはちょっとした怪我で病院を訪れただけである。「余命30日」は、全く心の準備のできていないものにとって、余りにも短い時間だ。

余命宣告をされた人間はどのような反応をするだろうか?
まずはショックを受ける。うろたえ、絶望し、半狂乱の状態になるだろうと思う。しかし、おそらく、その次に、現実を受け入れ、心の整理をするところから始まると思う。
そして、そのあとどうするだろうか?
ここで、その人の置かれている状況、考え方の違いで、残された時間の使い方が異なってくると思う。
想像しても仕方がないが、私なら、身辺整理とか、大切な家族との良い思い出をつくるために、残された時間を大切に使おうと思うだろうと思う。
『フィラデルフィア』のアンディは、残された時間を差別との闘いのための裁判に使った。
ロンはまったく違った。まずは、HIVに感染したということ自体が受け入れがたい。当然荒れた行動をとる。医者のことも信用していない。何か特効薬があるのではないかと模索する。医師が処方してくれなければ薬は得られないから、臨床試験のために投薬している薬を病院関係者に横流ししてもらう。しかし、管理が厳しくなってそれができなくなると、勝手に病院を出て、アメリカでは未承認の薬も投薬してくれるメキシコの医師のところにまで行く。さらに、エイズの発症を抑える薬があると聞けば、日本にもイスラエルにも行く。そして、HIV感染者を会員とするダラス・バイヤーズクラブをつくって、会費をとって、入手した薬を分け与えるという活動をした。自分が飲むためでない薬を大量に買い付けて国外から持ち込むのは密輸であるし、無認可の薬を勝手に分け合うのももちろん違法。


結局、HIV感染発覚後、余命30日と宣告されたロンは、7年後の2557日目の1992年まで生き延びた。
ロンが効果のある薬を求め、さらにダラス・バイヤーズクラブの活動をしたことが彼にとって生きることの支えとなり、それだけ余命が伸びたのだろう。
途中、ロンが医師のイブに言った「死なないのに必死で、生きている心地がしない。」という言葉は痛々しい。
しかし、ロンは、HIVというウイルスと闘い、できるだけ長く生きようとした。ロンにとって、エイズという病気と闘うことが、残された時間の使い道だったのだろう。

もう一つのテーマとして考えさせられたのは薬の認可について。
まったくの門外漢なので、専門的なことがからんでくるとよくわからないけれど、FDA(アメリカ食品医薬品局)という機関が薬の安全性を確認してから認可が下りる。FDAの任務はもちろん人々の命を守ることである。しかし、もし、ロンが言うように、薬の認可に関して、賄賂を受けたFDAが製薬会社の利益を優先したとしたら、それは許されないことだ。
(当時の医療で認可されていたのはAZTという薬で、ウイルスを減らすことはできるが同時に毒性が強いから免疫力が低下し、肺炎などを併発し、それが死因となることが多発した。一方、Tペプチドという薬は、無害でロンに効果があったが認可されていなかった。
ロンの訴えは裁判では棄却されたけれど、その後、AZTの使用減と薬の多様化で多くの命が救われ、また、FDAはロンにペプチドTの個人使用を許可した。)

おそらくこの作品の見どころは、減量して、痩せこけたエイズ患者を演じきったマシュー=マコノヒーの役者魂なのだろう。
映画を通してあれこれ考たい私としては、余命30日という宣告を受けたロンがどのように生きたかを通して、生きることの意味を考えさせられた。そして、薬に認可はどうあるべきか・・・。安全性が確認できなければ認可できないのか、わらにもすがりたい末期症状の患者には柔軟に対応することができないのか、などを考えさせられた。

『フィラデルフィア』

2月末はアカデミー賞が決定する時期。それに合わせて、wowowではアカデミー賞特集というのを組んでいて、過去の受賞作品を一挙に放映している。
『フィラデルフィア』(1993年)、『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994年)で、2年連続主演男優賞を獲得したトム=ハンクス作品が一挙に放映されたので、これを機会に見直してみた。
過去に見た作品でも、時を経てから見てみると、その時の印象とはずいぶん変わって感じられるということがわかり、面白かった。何しろ、これらの作品が作られて20年以上たってしまっているだから世の中だって変化している。

『フィラデルフィア』
20年ほど前、「エイズ」という病気及び「ゲイ」に対して人々がどういう反応を示したか、それが今日、どのように変化してきたのか、ということを考えることができた。

この作品は、エイズを発症したことで法律事務所を解雇されてしまったアンドリュー=ベケット(トム=ハンクス)が、これを不当解雇であるとして、一流法律事務所を相手取って訴訟を起こすという話。
法律事務所側は、エイズ発症が理由ではないとするが、そのことで解雇されたのは明らか。エイズとゲイに対する偏見の中で、毅然として裁判を戦っていくアンディ―と、彼を支えた黒人弁護士のジョー、さらに息子を誇りに思うと言う両親をはじめとする家族の愛情がいい。
Wikiで調べたら、エイズというのは、1981年に症例報告がされたのが最初ということだ。感染者にゲイや麻薬常習者が多かったことから、この病気に対する偏見は強く、また発症すると死に至ることから恐れられた。
この作品の中でも、ジョーが、アンディからの弁護の依頼を断り、握手をしてしまったことが気になって医師を訪れる場面がある。赤ちゃんが生まれて父親になったばかりの彼は、エイズ患者と接触したことで、感染したかもしれない、赤ちゃんにうつすかもしれないと不安になったのだ。そして、「HIVウイルスは体液からしか感染しない。」という説明を受けても、「そんなこと言ってあとから洋服からでも感染することがわかったなんて言わないだろうね。」とつぶやく。
ジョーのような弱者の味方をする社会派弁護士ですら、触ったくらいでうつるのではないかというエイズに対する恐怖感を持っていたことがわかる。

その後、ジョーは裁判を孤独に戦おうとしているアンディと図書館で遭遇し、弁護を引き受ける。このことでジョーは、居酒屋で「ゲイは嫌いだ!」というようなあからさまな言葉を投げつけられ、お前もそうなのかというような好奇の視線にさらされる。

このことについては、ここ20年で大きく変わったと思う。
LGBTという言葉が一般的な用語となり、市民権を得てきたということだ。
それまでは、LesbianやGayの人たち、および、BisexualやTransgenderの人たちは「正常ではない」という価値基準の下で、差別や偏見にさらされてきた。
LGBTという用語は、そうした人たちを肯定的に表現する用語なのだそうだ。
そうした動きのもとで、渋谷区では、2015年に同性カップルを「結婚に相当する関係」と認める「パートナーシップ証明書」を発行する条例が可決・成立。世田谷区でも同様の制度が発足している。
一定の割合でLGBTの人が存在する。NHK総合「ニュース深読み」ではその割合を「20人に一人」としていた。そうであるなら、排除するのではなく、存在を認めていきましょう、という動きになってきたということだ。

作品の途中で、「差別とは、個々人を公正な判断に基づかず、特定な集団に属するがゆえ不当に扱うこと。」という言葉が登場する。
人は、自分と違う属性をもつ者に対して理解が及ばないものだし、社会的に弱者とされる人に対して差別的な態度をとってしまいやすいものだと思う。
そして、いまだに差別はいくらでも存在している。しかし、健全な社会、成熟した社会とは、少数派、社会的弱者とされる人たちを排除せずに容認できる社会であり、これが目指すべき方向だと思う。
自分は差別をしていないと言えるかというと自信はないし、「容認」を迫られる場面に遭遇していないだけかもしれない。しかし、少なくとも、差別はいけないことなのだという価値観は持っていたいと思う。

この作品の題名の『フィラデルフィア』は、アンディが生まれ、暮らした街。
フィラデルフィアの意味はギリシア語で「兄弟愛」。
作品の途中で出てくる次の言葉は美しい。
“(フィラデルフィアは)兄弟愛の街。自由誕生の街。独立宣言がなされた街だ。
独立宣言の言葉は、「普通の人間が平等」ではなく、「人間は皆、平等だ。」“
(世界史教師的にいうと、独立宣言の時点での「人間の平等」には、女性、先住民、黒人は含まれていないけれど。)
プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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