漫画三昧 その3

キングダム 40巻


『キングダム』  40巻まで読了。
作者・原泰久のあとがきによれば、2006年10月に連載がスタートして、ここまで描ききあげるのに10年かかったそうだ。
コミック本の連載は、制作する側の立場からすると、毎週毎週、締め切りに追われて大変だっただろうと想像する。そうした毎週毎週の積み重ねによりこの大作がつくりあげられたのだなと、しみじみ思う。
これで、ようやく前半戦(国内統一編)が終わったとのこと。ということは、まだ半分。この後、秦王・政が始皇帝として即位した後の後半戦が続くわけで、楽しみでワクワクしてくる。

この作品は、中国の戦国時代を舞台としていて、全編を通じて、ほとんどが戦闘シーンであるのだが、登場人物が実に魅力的に描かれている。
特に、秦王・嬴、少年・をはじめとする若者たちが経験を通じて成長していく姿がすがすがしい。

そしてまた、「平和とは何か。」「平和な世の中にするにはどうしたらよいのか。」ということをこの作品を通して考えさせられた。
特に、39巻のラストから40巻の最初にかけての、呂不韋の論戦は圧巻だった。
呂不韋は、金による中華の統一を構想する。秦を中央にすえた中華全体の発展・繁栄。
“暴力”でなく“豊かさ”で全体を包み込む、それが正しい『中華の統治』であると。

呂不韋のこの言葉に、は反論できないのではないかと思えた。
しかし、はいう。
呂不韋の言ったことは、「所詮、文官の発想の域をでないものだ。」と。
は言う。「戦争をこの世からなくす。俺は戦国の王の一人だ。戦争からは離れられぬ運命にある。ならば、俺の代で終わらす。暴君のそしりを受けようが力で。」
武力を否定した呂不韋に対して、は、統一の方法を「武力でだ!」と言い切る。
ここにの苦しい決意がうかがえる。それしか方法はないのだ。だから、自分が終わらせるしかないのだ。
(21世紀の現在においては、戦争は絶対に嫌だと思っているのですが、その話はまた別の機会に。)
そして統一後についての構想についてもいう。
「中華を分け隔てなく、上も下もなく一つにする。そうすれば俺の次の世は、人が人を殺さなくて済む世界となる。」

絵空事と言われようが、私は、こうした理想を述べた言葉が好きだ。
実現不可能と言ってしまえばそれで終わってしまう。
理想を持たなくてはいけない。より良い方向に進んでいかなくてはいけない。諦めてはいけないのだ。

は言う。「人間の持つ本質は“光”だ!」と。
このセリフにもしびれた。どんな人でも内なる部分に光を持っているのだと思う。
それを輝かせて死んでいきたい、と思う。
才能を発揮することでもいい。他者に愛を注ぐことでもいい。
輝きを放てる時が必ずあるはずなのだ。



と、まあ、40巻の昌平君かっこいい♡などど勝手にうっとりして、バーチャルな世界にひたって、いい気分でいる休日の午後です。

漫画三昧 その2

キングダム縮小版
『キングダム』 原泰久  集英社 

相変わらず漫画三昧をしています。
『キングダム』全37巻を借りて読んでいる最中です。
1日1冊読むペースでも1か月以上かかるわけですが、今、10巻まで読破したところで、この先しばらく楽しめると思うと、うれしくなります。

『キングダム』は秦王・嬴政(えい・せい。のちの始皇帝)と、一兵卒から将軍に成り上がってやると大志をいだく少年・を主人公とする話です。
がどんなに強かろうが、一人の少年が何十万人もの軍隊と軍隊がぶつかる戦争の場で活躍して偉くなっていくという設定は無理があると思うのですが、そこは漫画。
激しい戦闘の中でも、のいる伍(5人1組のグループ)のメンバーはだれも死なないのですが、「ありえない」などという野暮な文句をつぶやくことなく、ストーリーを楽しむことができます。
原泰久の画力が素晴らしいです。登場人物たちのキャラクターを読む側に印象付けて把握できるように描いているし、戦闘シーンも迫力があります。

というわけで、漫画として『キングダム』を楽しんでいるところなのですが、タイムリーにNHKの歴史秘訪ヒストリアで「ザ・ヤング始皇帝、少年が乗り越えた3つの試練」という番組が放映されました。
万里の長城、焚書・坑儒、兵馬俑・・・。始皇帝というと、強権をふるった専制君主としてのイメージしかありませんが、その少年時代は過酷な境遇の中で試練の連続だったのです。

始皇帝となる以前のについては、『キングダム』や今回の番組で初めて知ったことも多く、この苛酷な少年時代が始皇帝の人格にどのような影響を与えたのかも含め、考えてみたいと思いました。

*******************************************************************************
後に始皇帝となる嬴は、秦の王子の子として、敵国・趙の都・邯鄲で生まれた。
なぜ敵国で生まれたのかというと、父である王子が人質として趙に送られていたからである。
前262年、秦と趙は戦争となり、秦は捕虜となった趙の兵士40万人を生き埋めにした。(この数は『史記』の記述による。数の誇張はあるが、遺跡から発掘された大量の人骨から、おびただしい数であったことは確か。)
この残虐な行為により、趙の人々の秦への憎しみは激しいものとなった。
趙で暮らしていたは、憎まれ、いじめられ、幼年期を過ごす。
そんな中、秦の商人・呂不韋が、秦の王子である父を秦王に即位させるため迎えにくる。父は政をおいて秦に去り、は趙でさらに6年間、過酷な状況下で過ごす。その後、ようやく秦への脱出を果たすが、秦王となっていた父が急死し、は13歳で即位する。
王となったにはさらに試練が続く。時は戦国時代である。趙・楚・韓・魏・燕の5国が連合して秦に攻め込むという絶体絶命の危機が襲う。それを乗り越えたとあとは、内部の裏切り。なんと母の愛人である嫪毒(ろうあい)が反乱を起こす。そのピンチもなんとか切り抜け、反乱を裏で操ったとして丞相・呂不韋を処刑する。
とまあ、苦難につぐ苦難の連続。
即位後、強権をふるった始皇帝であるが、その幼少年期は、誰も信じることができず、心休まる日などなかったのではないかと思う。
始皇帝の人を信じない疑り深さ、慎重さ、残虐さ、傲慢さ、こうした人格の形成は過酷な幼少年期が大きく影響したのだろうと思えた。


そんなことを考えながら『キングダム』を読んでいる最中なのだが、この漫画においては、主人公の一人である少年・は、クールな、高い理想をもった人物として描かれている。
かなりかっこいい。
の理想とは、「中華の統一」!!。
へ~、と思ったのは、それが、独裁者の野望ではなく、戦乱の世を終わらせるため、平和を構築するためのものであるというところ。
非常に面白い描き方だと思った。

中華の統一により平和がもたらされるという考え方は、そこで抑圧される少数民族のことを考えるなら疑問があるが、戦乱を繰り返していた戦国時代を終わらせようとするのスケールの大きさは魅力的だ。
そして、960万㎢の面積に人口13億を擁する現在の中国という巨大国家を考えた時、その出現の源をたどっていくと始皇帝の統一政策が大きかったのだなと、いまさらながら思った。なんせ、貨幣、文字、度量衡を統一してしまったのだから。
インドが公用語(ヒンディー語と英語)のほかに15の地方公用語を持つことや、1018万㎢の面積に50もの国家が存在しているヨーロッパのことを考えると、歴史の展開の違いに興味深いものを感じた。

プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

検索フォーム
リンク
QRコード
QR