『ヒトラーの贋札』

2017年3月28日、イギリスで、新しい1ポンド硬貨の流通が始まった。新硬貨の形は、偽造を防止するために12角形という珍しい形をしている。報道を聞いて驚いたのが、今までの円形をしたポンド硬貨は30年以上も使われていて流通量の3%程度が偽造であるということだ。1ポンドは130~140円くらいだから、日本の100円玉でイメージすると、その3%が偽造というのは、日本人の感覚からすると驚きだ。

貨幣の偽造というのは、国家の経済を混乱に陥れるので、その罪は重い。
世界史上では、交鈔という名の紙幣を使っていた中国の元朝時代、贋札をつくったものは死刑だった。イギリスでも19世紀初めころまで通貨偽造は死刑であったという。

通貨偽造とはそれほどの重罪なのだ。
それを国家ぐるみでやったのが、第二次世界大戦中のナチス・ドイツが行ったベルンハルト作戦。
ザクセン・ハウゼン収容所に集められたユダヤ人技術者たちにより、偽ポンド札が造られた。国家ぐるみレベルの高度な作業場と技術力をもってすれば、イングランド銀行の鑑定さえもくぐり抜けてしまう精巧な贋札が造れてしまうのだ。

この作品は、強制収容所でこの贋札つくりに関わったユダヤ人たちの物語である。
強制収容所内の生活環境は劣悪だ。過酷な労働、粗末な食事、ひどい暴力、いつ殺されるかわからない状況の中での生活が続く。病気になったら感染防止という理由で即銃殺。治療も介護もない。
そんな中で、贋札製造に必要な技術を持つユダヤ人だけが優遇され、清潔なベッド、心地よい音楽の流れる作業場での生活が与えられた。
贋札をつくることで、劣悪な環境を免れ、命が保障されるユダヤ人技術者たち

ソロヴィッチたちユダヤ人は、精巧で大量のポンド紙幣を製造した。
その量は当時の全流通量の約10%に相当し、そのうちの50%が武器調達や海外の秘密工作に使用されたという。
その後、ナチスはドル紙幣の贋造を強要する。
それを拒否して作業工程に不具合を生じさせるブルガー。
「何億ドルも作れば大被害だ。ナチの戦勝に貢献することになる。」というブルガー。
そのかわり死なずにすむ。」というソロヴィッチ。

やらなければ殺されるという状況の下で犯罪を強要された場合、どういう選択肢があるだろうか。

全編を通じてまったく笑顔を見せないソロヴィッチ。しかし、作業を妨げるブルガーを密告することなどせず、かばい続け、「生きろ」というメッセージを送り続ける。
家族を奪われ、同胞を次々に失っていく過酷な状況の中で、生きるに値しないような絶望的な状況の中で、人は、なお、「生きようとする」ことを貫き通せるだろうか。

ブルガーの妨害もあり、ドル紙幣の偽造の完成は大幅に遅れ、殺されそうな状況直前にソロヴィッチが完成にこぎつける。しかし、時期が大戦末期であっため、偽ドル紙幣の大量製造を前にドイツの敗戦。

ソロヴィッチ達は解放される。

むなしい気持ちを抱えたまま、この後もソロヴィッチは多くを語らず、生き続けていったのだろう。


『ヒトラーの贋札』  
2007年のドイツ・オーストリア共同制作による映画。
第80回アカデミー賞の外国語映画賞を受賞。

『キング・アーサー』

中世騎士道物語として有名な「アーサー王と円卓の騎士」の原型を描いた作品で、時代は中世ではなく古代末期。
馬に乗ったアーサー王と仲間の騎士たちが丘の上を走っていく姿はかっこよく、アーサー王を中心に心を一つにしている騎士たちのまとまりが見ていて気持ちいい。
横暴な支配者ローマ、それに屈服しながらも、自由を求める戦いに挑むアーサー王たちという構図なのだが、歴史的な背景がわかっていた方がより深く楽しめると思うので、少々解説します。

かつてローマ帝国はブリテン島の南半分(つまりイングランド)までを支配領域としていて、そこには先住民のケルト系のブリトン人がくらしていた。
横暴な支配者ローマ、それに服するしかない弱小のブリトン人。さらにブリテン島に侵入を始めていたゲルマン系のサクソン人が、ローマ帝国を脅かしていた。登場人物を、ローマ帝国側の者、ブリトン人、サクソン人に分けてとらえるとわかりやすい。(ただ、ややこしいのが、ウォードというブリトン人の反乱軍。ローマに抵抗していて、美しいクヴィネヴィア(キーラ・ナイトレイ)は、弓の達人で、ウォードの兵士。)

ストーリー : 5世紀、ローマ帝国は衰退期に入り、各地からの撤退を進め、領域を縮小していた。
ケルト系ブリトン人のアーサー王やランスロットたちは、ようやく15年の兵役を終え自由の身になろうとしていたが、ここで支配者ローマから、さらに難題を課せられる。それは、ハドリアヌスの壁(ローマ帝国の支配領域の北端)の北側にいるローマ人貴族を救出せよ、というもので、サクソン人やウォードのいる地域を突破しなければならず、非常に危険な任務だった。
命令に従わなければ退役できない立場であることから、アーサー王は、仕方なくそれを受ける。

つぶやき : どの時代においても、強い民族と弱小な民族がいる。
(危険な任務は弱いものに押し付けられる。)
強い側に属しているものは、たまたまそっちの側に属しているというだけで、能力や人間性とは無関係に、ただ偉い。
大帝国ローマの横暴。弱小民族の誇り。

そして、伝説の英雄アーサー王はやっぱりかっこいい。

『キング・アーサー』
2004年のアメリカ映画

『死刑台のメロディ』

映画を見る目的はなんだろう。
おもしろいから、ワクワクしたいから。あるいは励まされたい、見終わった後、やさしい気持ちになりたい、などなどいろいろあり、人それぞれで、見る作品の選び方も違ってくると思う。
私の場合、映画を見て、知りたい、考えたい、という動機が多く、歴史を題材にした作品を選ぶことが多い。
(仕事柄、そういうことになる。)

この作品は、アメリカ史における汚点ともいうべき冤罪事件サッコ・ヴァンゼッティ事件を題材にしたものである。
サッコとヴァンゼッティは全く身に覚えのない殺人事件の犯人として逮捕され処刑された。
なぜ彼らが犯人にされてしまったのか。
それは、彼らがイタリア系移民で社会主義者であったから。

1920年代のアメリカは、フォード社による自動車の普及などによって経済は活況を呈し、「永遠の繁栄」と呼ばれる経済繁栄を謳歌した。まさに『グレート=ギャッツビー』の時代なのであるが、それは伝統的な白人社会、とくにWASPにとっての繁栄で、東欧や南欧系、あるいはアジア系の移民はアメリカ社会の中で差別された。
また第一次世界大戦末期のロシア革命により成立したソ連の影響を恐れて、社会主義者は弾圧された。
この作品とは直接関係ないが、K.K.Kという南北戦争後に成立した反黒人組織が、1920年代に復活し、黒人のみならず、ユダヤ人、カトリック、社会主義者を襲撃して、暴行・殺人を行ったことも、思い起こしておきたい。
そういう時代だった。輝くような経済繁栄の「光」に隠れた「影」の部分で、差別や弱者排撃が横行していたのだ。

『死刑台のメロディ』は、2人の逮捕の場面から始まり、その後の捜査、裁判の展開が主な内容であるが、全編を通じて、ひどいな、理不尽だな、という場面が続く。
裁判に対して、何を言っても無駄とあきらめて何も抵抗しないサッコと、最後まで無実を訴え続けるヴァンゼッティの態度は対照的だった。結果は、どちらの姿勢で臨もうが同じだったわけで、頑張り続けたヴァンゼッティが、「君が正しかった。」とつぶやくのも、ひどくむなしかった。

見終わって、映画の使命としてもう一つ大事なことがあるということに気づいた。
それは、歴史的な事実をこうした作品にして残すということである。
『死刑台のメロディ』は、無実の者を犯人にでっち上げ、さらに抗議活動が盛り上がる中で死刑を執行したという、アメリカ史上の汚点ともいうべき出来事を、批判をこめて描いた作品である。こうした作品があることで、人は忘れずにいることができる。

二人が証拠不十分のまま処刑されたのが1927年。今から90年前のことである。

2017年の現在、テロの恐怖、グローバル化の反動で、移民に対する反発が世界各国で高まっている。
今朝のニュース番組では、オランダで反イスラムを掲げる極右政党の自由党が第1党にはなれなかったことを報じていたが、この後続く、フランス、ドイツの選挙では、どちらの方向に進んでいくのか、先が読めない。
こうした時期であるからなおさら、差別・偏見を背景に起きてしまったこの事件を、自戒を込めて見つめなおすのもよいと思った。

映画を楽しく見たい人にはオススメ度ゼロの作品だが、映画を見て、知りたい、考えたいという人には★★★★★の作品。最後まで興味深く集中してみることができる。
(ただし、近所のTSUTAYA情報でいうと、この作品は、2か月ほど前には確かに店舗に置いてあり、たまたま見つけて借りて見たのだが、今回ブログを書くにあたって確かめたいことがあり、もう一度借りに行ったら置いてなかった。店内の検索機で調べたら、この店舗にはなく「お取り寄せ可能」にはなっていたが、面倒くさいのでやめた。旧作映画が充実していないTSUTAYAもあるので、ユーカリが丘店は比較的充実していると思っていたのだが、やはり商品管理はしているようで、動きのない商品はどんどん外しているようだ。)

『死刑台のメロディ』 1971年のイタリア・フランスの合作映画
監督:ジュリアーノ・モンタルド
主題歌:「Here’s To You」

『ニュー・シネマ・パラダイス』

お世話になっている整体師のKさんに好きな映画を聞いたところ、『ニュー・シネマ・パラダイス』という答えが返ってきた。
春の番組改編のNHKのアナウンサーのプロフィールでは、桑子真帆アナも好きな映画にこの作品をあげていた。

見終わった後、やさしい気持ちになれる作品だ。
好きな作品を聞かれたとき、この作品をあげる人は多いかもしれない。
(戦争映画や、猟奇殺人犯のレクター教授が出てくる『ハンニバル』などはあげにくい。)



第二次世界大戦が終わってまもなくのイタリアのシチリアの田舎の村。
人々の楽しみは、村の小さな映画館(実は教会の建物を利用)で上映される映画だった。
テレビもDVDもなかった時代、人々はここに集まり、わいわい騒ぎながら鑑賞した。

いわゆる「古き良き時代」だなと思う。
みんなで楽しみを共有した時代。
今のように、モノにあふれ、多種多様な娯楽が得られる時代では得られなくしまった楽しみだ。

映画が大好きな少年トトと、映写技師アルフレードの交流。
やさしい曲調のテーマ曲。
ドトの成長。初恋。村を出ていくトト。やさしく厳しく送り出すアルフレード。

これは映画が大好きだった人たちを描いた映画。
ラストのアルフレードがトトに残した形見のフィルムが素敵だった。

『ニュー・シネマ・パラダイス』
1988年のイタリア映画。監督:ジョゼッペ・トルナトーレ

大奥御年寄 絵島

2017年3月3日(金)の歴史秘話ヒストリアは「愛と悲しみの大奥物語」で、絵島を扱っていた。
絵島(正しくは「江島」だそうだ。)とは、大奥において大きな権力を持つ御年寄という地位にまで上り詰め、しかし、絵島生島事件で処罰されてしまった人物である。
絵島生島事件については、「大奥における一大スキャンダル」という知識程度しかもっていなかったが、番組はわかりやすく構成されていて、この事件を、絵島と歌舞伎役者生島との間の色恋沙汰などではなく、大奥の権力闘争の中で、絵島が陥れられてしまったのが真相であるという描き方をしていた。
大奥とは恐ろしい所なり。増上寺の墓参りの帰りに門限に遅れてしまったというだけで、帰りに寄った芝居小屋の歌舞伎役者生島との密会を疑われる。門限に遅れたのは絵島のミスであるが、それを利用されて、大奥始まって以来の大スキャンダルを起こした人物に仕立て上げられてしまったというわけだ。

で、ここまでのところは、「ふーん。」「へえ。」と思った程度で、それ以上の興味や感動がわいたわけではなかったのだが、エンディングの部分が妙に心に刺さってしまった。
番組終了間際の数分のところで、テーマ曲とともに大奥を追放された後の絵島の生き方が紹介された。
それによれば、当初、死罪とされた絵島は、減刑されて信濃高遠藩(現在の長野県伊那市高遠町)へ流された。
絵島は8畳ほどの広さの絵島囲み屋敷と呼ばれる建物に幽閉され、正徳4年(1714)から寛保元年(1741)に亡くなるまでの約27年間をここで過ごした。
屋敷には格子戸がはめられ、出入りができないようになっていて、外の世界とは隔絶され、紙と筆を使うことも許されず、大奥でのことを語ることは一切許されなかった。
かなり厳しい生活環境である。
しかし、絵島はここで凛としてきちんと過ごしたようである。
身に覚えのない醜聞をでっち上げられた絵島は、一切を胸の奥に封印した。
恨みつらみにあふれた見苦しい振る舞いや言動をすることもなかった。
身の回りの世話をするおつきの者にも、大奥でのことを話すことは一切なかったという

私はこういう話にグッと来てしまう。
幽閉の身になっても、ここまで美しく生きることができる人がいる。
人生、あまり過酷な状況になりたくはないけれど、生き方の美学は持っていたいなと思った。
プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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