『私の中でのディカプリオ作品ベスト10』

Tさんは20代前半の映画が大好きな女性。
彼女が目をキラキラと輝かせて、「ディカプリオが好きなんです~。」と語り始めると、こちらもワクワクしてきて、ディカプリオ作品が見たくなってくる。
彼女に影響されて、この数週間、ディカプリオ作品をいくつか見た。
詐欺師、口八丁の株式仲買人、ペテン師、大金持ち、貧しい画家志望の青年、FBI長官、開拓期の野性味あふれる毛皮ハンター etc. なんでもできる役者だ。
さらに、潜入捜査を命じられた悲劇の警察官、心を病んだ妻に寄り添おうと苦しむ夫・・・。
あらためてじっくり見て、ディカプリオの役者としてのうまさがだんだんわかってきた。

そこで。私なりのディカプリオ作品のランキングを勝手に作ってみた。

1.ブラッド=ダイヤモンド
ダイヤモンドの産地シエラレオネを舞台としたストーリー。内戦下での人々の悲惨な生活、少年兵のこと、紛争地域のダイヤが武器購入の財源となっていること、こうした問題をきちんと描いている社会派作品だ。ストーリーの展開も、凶暴なURF(反政府組織)の襲撃をくぐり抜けながら隠したダイヤを取りに行くというスリリングなもの。
この作品については、以前、書いたことがあるので、こちらもお読みになっていただけると嬉しいです。
http://haginori55.jp/blog-entry-44.html

2.キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン
2002年の作品。監督:スティーヴン・スピルバーグ。
ディカプリオ作品の中では数少ない「見終わった後さわやかな気分になれる」作品。
実在の人物である天才詐欺師フランク・アバグネイル・Jr.の原作をもとにつくられた。
それにしても、アバグネイルがよりによってパイロットや医者という高度な知識・技術を必要とする専門識の人に成りすますのがすごい。(もちろん、飛行機を操縦するわけでも、医療行為をするわけでもありません。) 人はパイロットの制服や医師の着る白衣に案外弱く、服装だけで信用してしまうのかもしれないと思った。が、それだけでは詐欺は不可能。それが可能だったのは、彼の知識の豊富さ、頭の良さがあってこそ。しかし、やっぱり思う。これだけの頭脳を持っているのだったら、人をだますことではなく、世の中の役に立つことに使わなくてはね。
一方、アバグネイルを追いかけるFBI捜査官にはトム・ハンクス。アバグネイルに騙されてしまう彼は、間が抜けていると言いたくなるほどだが、最後まで徹底していい人。ここでもトム・ハンクスの人間的な味がにじみ出ている。
このストーリー、大好きです。

3.ウルフ・オブ・ウォール・ストリート
口八丁の株式仲買人。優良株でないことを知りながら、さも値上がりして儲かりそうなことを言って、富裕層に株を買わせて大儲け。儲けたお金でやりたいことをし放題。痛快であり、A級娯楽作品と言えるかな。以前、ブログに書いた作品です。
http://haginori55.jp/blog-entry-38.html

4.ディパーテッド
この作品はトニー・レオン主演の香港映画『インファナル・アフェア』のリメイク版。日本でのリメイク版は西島秀俊と香川照之の『ダブルフェイス』。で、どうしてもこの3つ作品を比較してしまう。(実は私はオリジナル版の『インファナル・アフェア』が一番好きなのだが。)この作品もディカプリオとマット・デイモンの競演でなかなか素敵。
マット・デイモン好きの私が、この作品ではディカプリオに肩入れしてみてしまった。(なんと単純!)

5.タイタニック
1997年の作品・監督:ジェームズ・キャメロン
恋愛ドラマの傑作であり、ディカプリオの代表作と言えば、この作品が№1になるのだろう。この作品は、公開中の20年前、ワクワクしながら劇場の大画面で見た。
恋愛とは「狂気の沙汰」なのだと思う。ローズの婚約者キャルが、嫉妬に駆られて、ジャックを銃で追い掛け回すけれど、沈もうとしている船の中で追いかけっこをしても意味がないでしょう、と思ってしまう。さらに、ローズがいったん救命用のボートに乗れたのに、ジャックを探しにまた船にもどってしまったのも、なんてもったいないことをと思ってしまう。タイタニックが沈没するとき、救命用のボートが足りず、船に取り残された人は多かったのだ。
そして、いつの世も格差社会。出航直前にようやく船のチケットを手に入れることができた貧しい青年ジャックは、もちろん3等客室の乗客。ローズは上流階級の人たちが乗る1等客室の乗客。等級で乗船中の滞在エリアは区切られており、1等客室のエリアはパーティー会場など実に豪華。避難の際も1等船室の乗客が優先されたとか。
(二人の階層が違うことが、恋愛ドラマをより盛り上げる要素なのだろうけれど、貧富の差という社会問題として見てしまおうとするところが、私の恋愛ドラマを観賞する能力の低さです。)
沈没する船の中で、最後まで演奏を続けた楽団の人たちは感動的だった。
そして、ジャックが海底に沈んでいくシーンはやっぱり悲しい。

6.リボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで
2008年のイギリス・アメリカ映画。『タイタニック』から10年、ディカプリオとケイト・ウィンスレットが夫婦役で再共演。しかし、『タイタニック』のようなロマンチックな恋愛ドラマを期待してみてはいけない。この作品はひたすら夫婦の問題を描いたもの。決して後味のいい作品とは言えない。見終わった後、いろいろ考えさせられてしまう。
人もうらやむような郊外の庭付きの一軒家に住んでいても、心が満たされていなければ、幸福感は得られない。隣の夫婦との一見、親しくお付き合いしているような関係も実に微妙。エイプリルはそこでの生活に閉塞感を感じていた。夫のフランクにそれほど落ち度があったとも思わないけれど、エイプリルがすでに心を病んでいたことに気づかなければいけなかったのだと思う。いい家に住んで、子供にも恵まれていたら、夫にすればそれで何が不満なんだといいたくなるだろう。でも、だからこそ、気づいて欲しかったと思う。

7.レヴェナント/蘇えりし者
やっとディカプリオがアカデミー主演男優賞をとれた作品。クマに襲われたり、崖から転落したり、寒さの中での過酷なシーンばかりなので、よく頑張った!と称賛したい気持ちにはなる。ただ、見終わった後、これって結局、復讐劇かと思うと、少々むなしく感じてしまう。

8.華麗なるギャッツビー
これもディカプリオの代表作と言える。1920年代、「永遠の繁栄」と言われたアメリカ様子がよくわかる。金持ちの豪華なパーティー、自動車がみんなの乗り物になっていくところなど、時代背景がよく描かれている。ただ、私はどうしてもデイジーという女が好きになれない。こんな女のために・・・。ギャッツビーも馬鹿だな・・。

9.シャッター・アイランド
精神障害犯罪者だけを収容する孤島。そこに捜査に乗り込んだ連邦保安官。何やらミステリアス。この島で何が行われているのか?ワクワク、ドキドキしながら異様な雰囲気の島のようすに引き込まれていき、ストーリーの展開も意外性があって面白い。
それにしても。もしこれが現実だとしたら本当に怖い。精神障害犯罪者に対するマインドコントロールやロボトニー手術がどこかで行われているのとしたら・・・。

10.J.エドガー
2011年。監督:クリント・イーストウッド
1924年~1972年までの間、捜査局長官・FBI長官を務めたJ.エドガー・フーヴァーを描いた作品。FBIという組織がどのような過程で権限の強い組織に発展してきたのがわかる。
http://haginori55.jp/blog-entry-77.html

以上、10作品をあげてみました。

このほか、『インセプション』もいいと思います。SFスリラー作品で、人の夢に侵入してアイデアを奪うのではなく、人の夢に侵入してアイデアを植えつける(インセプション)というもの。夢の第1階層、第2階層、第3階層など、設定がややこしくて、私は細部まで理解できたとは言えませんが、はまってしまって、何度も見る方もいるようです。
『アビエーター』も飛行機を操縦しているところがかっこいいし、ふわーっと見ていれば楽しいと思います。

繰り返しになりますが、レオナルド・ディカプリオ、すごい俳優だと思いました。


『プレシャス』

Netflixを利用し始めて1か月が過ぎた。通勤時間や病院の待ち時間など、細切れの時間を利用して、スマホ画面でいくつかの作品を見た。さらにこのアプリは御親切にも「○○をご覧になったあなたへ」とか「こちらもオススメ」とかいって、作品案内をしてくれる。
(少々おせっかいだが。)
そこで目に留まったのがこの作品だった。

プレシャス

『プレシャス』
作品の案内には以下のようなことが書かれていた。
1987年のNY。両親から虐待を受け続ける16歳の少女プレシャス。学校退学後通ったフリースクールで、ある教師と出会い、生まれて初めて学ぶ喜びを知る。

うん、私の好きそうなストーリー。そう思って見始めた。

概要をいってしまうと、プレシャスの置かれている状況はかなり悲惨である。
NYのハーレムに住み、見ての通りの巨漢。外見は決してかわいいとは言えない。
親は最悪。実の父親にレイプされ、その結果生まれた子はダウン症で祖母が引き取っている。さらに、義理の父親からもレイプされ2度目の妊娠。今も義理の父親から性的虐待を受け、その行為を憎む実の母親からは精神的・肉体的虐待を受けている。

実話ではないということだが、ここまで悲惨な設定があるだろうか、というような設定である。
とにかく、母親がひどい。生活保護を受けているのだが、市の福祉課の職員が来る日だけプレシャスの子供の世話をし、仕事を探しているフリをしている。実際は、一日中何もせず、ブラインドを下ろした部屋の中でゴロゴロし、プレシャスの子供の世話も自分の母親に押し付け、食事の支度からなにから家事の一切を妊婦のプレシャスにやらせている。そして、料理がまずいと文句をいって皿をブン投げ、プレシャスに作り直しを命じる。
さらにプレシャスにひどい言葉を投げかける。プレシャスがさも自分の夫を誘惑したかのように口汚くののしるのだ。

もう、最悪!

「暗い」とか「救いようのない映画を見てしまった。」という、ネット上の感想もあった。

が、私は何故か希望が持ってみることができた。
「これで終わるはずないよね、プレシャスにいいこと起きるよね。」と思いながら見続けた。


プレシャス レイン先生
そして、フリースクールでのレイン先生との出会いがプレシャスを成長させる。
レイン先生の授業は自己紹介から始まった。
初めは自分の好きなものさえ言えなかったプレシャスがだんだんしゃべれるようになる。
さらに、ノートにとにかく「書く」ということをさせられる。
レイン先生は、ひたすらみんなの話を聞き、みんなの文を読み、返信する。
プレシャスは詩が書けるようになる。自分の気持ちを表現できるようになる。

レイン先生、素晴らしいな。
もちろん、これですぐにプレシャスの客観情勢が急激によくなるというわけではない。
世の中、そんなに甘くない。
あくまでもプレシャスは貧困層のアフリカ系の16歳の少女で、2人目の子をお腹に抱えた妊婦で、容姿にも恵まれず、勉強もできないという事情を抱えているのだ。
そして、さらに!!  2人目の子を出産した後も、最悪の事態が降りかかる。
この後も、プレシャスの人生は決して楽な展開は予想できない。
困難が続いていくであろうとしか思えない。

それでも、学ぶことを知り、自分の気持ちを表現することができるようになり、周りに支えてくれる人がいることを知った。
なにより、あのクソ母親と決別し、自分の人生を生きていこうと踏み出すことができた。
2人の幼子を抱え、大変なのはわかっているけれど、生まれてきてよかったと思える人生を歩んでほしいと思う。

プレシャス マライア=キャリー

この作品では、マライア=キャリーがすっぴんでソーシャル=ワーカーとして出演している。
原作に感動したマライアがこの作品に参加したくて、監督に頼んでの出演ということだ。
話題性をつくって、観客の動員につながればいいと思う。
「貧困」という問題は、簡単に解決できることではないけれど、何かできることをしたいと思うのはみんな同じなのだと思う。

『愛を読む人』

愛を読む人
この作品の映画ポスターやDVDのパッケージの画像は有名なので、何度となく目にしていた。画像のイメージから、この作品が恋愛ドラマなのだろうと勝手に想像していて、歴史ドラマに凝り固まっている私は、自分の興味の対象外だと思っていて、ずっとスルーしていた。長い間、作品の内容を知らずにいたとは、我ながら残念なことをしていたと思っている。
すごい作品でした。で、今から挽回します。

作品の導入部では、15歳の少年マイケルが21歳年上の女性ハンナとの関わりで、性に目覚めていくストーリーなのかと思ってしまう。が、中盤以降、ハンナが抱えている事情がわかってくると、その重さにいろいろなことを考えさせられる。
この作品は、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害という戦争犯罪、および迫害にまわってしまった側の事情、さらにはその後の人生など非常に深いテーマを扱った内容だ。
映画でははっきりと示されていないのだが、原作では、ハンナがロマ(かつてジプシーと呼ばれていた人たち)であることが書かれているという。
ということは、さらに深い問題を含んでいることになる。
ロマは、ユダヤ人以上に差別・迫害されてきた民族なのだ。

差別されているものが、差別・迫害を行う側にまわってしまうという恐ろしさ・・。

ハンナはきちんとした教育を受けていない。そしてそれを隠して生きていた。
教育を受けていない、つまり文字が読めないということは「恥かしいこと」であり、それを人に知られたくないから隠し続けたのだろう、と思ってみていた。
しかし、なぜ教育を受けられなかったのか、ということを考えた場合、単に「恥ずかしい」という問題などでは済まされない、差別されてきた民族の長い歴史があることがわかる。「文字を読めないこと」を知られることは、自分が差別される側の立場にあるということを知られてしまうということで、ハンナにとって生きるか死ぬかに関わってくる問題だったのだ。(ロマも人種的な迫害の対象となったグループで、多くの人が収容所で殺害されている。)


ストーリーの展開の中で、終盤、マイケルがハンナのためにしてあげたこと、そしてハンナが文字を学ぼうとしたところがとても感動的だった。
ハンナの辛い人生の中で、この時が最も幸せだったのではないかとさえ思えた。
作品の中でもこの部分が最高潮なので、ここで物語を終わらせたらよかったのに、と思った。
だからマイケルが、アメリカまで、ハンナの残した空き缶に入ったお金を届けに行くところや、マイケルが自分の娘をハンナのお墓に連れて行くラストの場面はむしろ間延びしてしまって、蛇足だったのではないかと感じた。
しかし、そうではないのだ。
感動的な盛り上がりで終わらせていいストーリーではないのだ。
何年たとうが、ユダヤ人にとって、収容所での出来事は許すことのできないことである。
アメリカで生き延びたユダヤ人女性が、マイケルに対してそっけないほどの態度で、「お金は受け取ることはできない。」と言って、空き缶だけを受け取るのは、当たり前の対応なのだ。
そして、お墓を訪れる場面も、マイケルが次の世代にこの悲しいストーリーを伝えようとしていることを表している象徴的な場面なのだと思った。

『愛を読む人』
2008年の作品(日本での公開は2009年6月)。
原作:『朗読者』 byベルンハルト・シュリンク
監督:スティーブン・ダルドリー
ハンナを演じたケイト・ウィンスレットはアカデミー賞主演女優賞。

       

『ソーシャル・ネットワーク』とザッカ―バーグ氏のこと

『ザッカ―バーグのハーバード卒業式スピーチがよかったので日本語訳した。』という、倉本圭造氏のブログがよかったというお知らせが拡散されてまわってきた。
http://www.huffingtonpost.jp/keizo-kuramoto/mark-zuckerberg-harvard-speech_b_16818864.html?ncid=engmodushpmg00000006

「理想を熱く語れるザッカ―バーグが素晴らしい」と熱く語る倉本氏の文も、熱くて素晴らしく、思いが伝わってきた。
以下、倉本氏の日本語訳からの抜粋。
ザッカ―バーグのスピーチのキモは以下の部分だと思う。

***  ***
今日、僕は「目的」について話します。しかし「あなたの人生の目的を見つけなさい的なよくある卒業スピーチ」をしたいわけではありません。僕らはミレニアル世代なんだから、そんなことは本能的にやっているはずです。だから、そうじゃなくて、今日、僕が話したいことは、「自分の人生の目標を見つけるだけでは不十分だ」という話をします。僕らの世代にとっての課題は、「“誰もが”目的感を人生の中で持てる世界を作り出すこと」なのです。
***   ***

私はこのスピーチのこの部分を読んだ時に、Mr.childrenの「fantasy」の歌詞を思い出した。

「誰もが孤独じゃなく
 誰もが不幸じゃなく
 誰もが今も よりよく進化している
 たとえばそんな願いを 自信を 皮肉を 道ずれに さぁ旅立とう」

ザッカ―バーグも桜井さんも同じことを考えるのだなと思った。
共通項は、自分のことだけではなく“誰もが”というところ。

長年、ミスチルのファンをやっているので、桜井さんの詩が素晴らしいことは、十分わかっていたが、ザッカ―バーグに関しては、映画『ソーシャル・ネットワーク』のイメージが強すぎて、誤解していたようだ。

『ソーシャル・ネットワーク』
2010年のアメリカ映画。
マーク・ザッカ―バーグがfacebookを立ち上げる際のエピソードを描いた作品である。
この作品では、facebook立ち上げのきっかけとなった「facemash」のできるエピソード、つまり、ハーバード大学の学生だったマークが、恋人とケンカした腹いせに、女子大生の写真を集めた顔の格付けサイトを立ち上げるところが描かれている。この時点で、まずサイテー。女性を顔やスタイルで比較して、どっちがいい?なんて選ばせるサイトは女性の立場からすると最も腹立たしい。でもまあ、こういうのがみんなが面白がるサイトなわけで、あっという間にアクセス数が膨れ上がる。これをきっかけに、ハーバード大学だけでなく各大学をつなげ、さらにヨーロッパにまで範囲を広げてしまう大きなサイトを作りあげてしまったというのがfacebookの誕生の秘話である。
しかし、それを進めていく課程で、初期の協力者であった双子のウィンクルボス兄弟との間に対立を生み、親友のエドゥアルドとも立場や考え方のちがいから亀裂が生じてしまう。そして彼らから起こされた訴訟と、それを説明する過去のできごとの場面が行ったり来たりする形でストーリーが展開する。

どうしても強い印象を受けてしまうのが、最初の恋人とのケンカ別れ時に言われた捨てゼリフ、「アンタがモテないのは、オタクだからじゃなくて、性格がサイテーだからよ。」
および、ラストの女性弁護士から言われた言葉、「陪審員は好感度から判断する。」というところ。
つまり、あんたは印象が悪いから、正当な言い分があっても悪く判断されてしまう、だったら、訴訟に労力をかけないで、そんなことは片づけてしまいなさい、という意味だ。
結局、ザッカ―バーグは訴訟額を上回る和解金を払って和解する道を選ぶ。
それだけ払っても、彼は最年少の億万長者となる。
というような、映画で作られたイメージから、facebookの創業者ザッカ―バーグについては、すごい人だけれど、性格はイマイチかな、と勝手に思ってしまっていた。
今回見直してみて気づいた女弁護士が最後に言った言葉、「あなたはサイテーの人間ではないけれど、そう見える生き方をしている。」というあたりにもっと注目しなければいけなかったのかな。
ザッカ―バーグ、ごめんね。

***   ***   ***   ***
もとのザッカ―バーグのハーバード大卒業スピーチの話題に戻る。
スピーチで語る「理想」なんて、単なる絵空事という人もいると思うけれど、私は「理想」を示すことが大切なのだと思う。
特にリーダーたるべき人はそうでなくてはならない。
スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学での「stay hungry ,stay foolish」,
オバマ大統領のヒロシマを訪れた際のスピーチ(ヒロシマを主語にした受動態の言い方が、アメリカの責任を回避した言い方だとする批判もあるけれど)、古くはケネディの「国家のために何ができるか。」とか、もっともっと古い時代のリンカンのゲティスバーグ演説などなど、人々に感銘を与えるようなスピーチができる人が、リーダーたるにふさわしい。

今後の世界の方向性を考えた場合、「誰もが」という要素は大事になってくる。

トランプ大統領が「アメリカ・ファースト」を強調し、パリ協定から脱退してしまったことは、目先の利益を優先しただけで、地球の未来を考えると、向かって行くべき方向とは逆の方向にかじ取りをしてしまったなと思う。
まだまだ修正可能と信じたいが。
プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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