『ヴェルサイユの宮廷庭師』

Wowowで録画を撮りためていたものの中から、何となく選んでみてみた。
作品の評価についても、どういうストーリーなのか、どんな作風なのかの知識もなく見始めた。
見終わった後、何か心が癒されるような、力が湧いてくるような気持ちになれ、この作品好きだなと思った。

時代背景は、まさにフランスの絶対王政の最盛期ルイ14世の時代。絶対権力を持つルイ14世が、豪壮・華麗なヴェルサイユ宮殿を造営中で、家族でここに引っ越して住もうとしようとしているさなかの話。
ヴェルサイユは宮殿だけでなく庭園部分が広大で素晴らしい。広い林の部分もあり、いくつかの人工的な噴水などを含む造園もある。その一部分を任されたのが、主人公のサビーヌ・ド・バラ(ケイト・ウィンスレット)。
この人物は架空の人物だそうなので、この作品自体がフィクションである。

世界史教師をやっているので史実かどうかにこだわりを持ってしまう私であるが、この作品についてはそれはどうでもいい。
この作品の見どころは、サビーヌが毅然として、数々の妨害にも負けず、自分にまかされた区画に美しい庭園を造り上げていった強さだと思う。

それは同時代の貴族の女性たちが宝石やドレスで自分を美しく見せることだけに精力をかけ、舞踏会で媚を売り男性の気をひいて、自分の存在を誇示するような生き方の対極をなしている。
泥にまみれ、力仕事もいとわず人夫と一緒に庭を造り上げていく姿は美しい。(17世紀にこんな女性がいたかしらとも思いますが。)

終盤でサビーヌの過去が明かされる。
マダム・ド・バラと呼ばれている彼女が未亡人であるのは見ている途中でわかるのだが、未亡人になった理由はずっと明かされないでストーリーは進行してきた。
ここで、彼女が馬車の事故で夫と愛する娘を失ってしまったことが事情が判明する。
その事故の原因はサビーヌにあった。自分のもとを去ろうとしている夫の馬車を止めようとして、馬車の前にとび出てしまったのだ。そのせいで馬車は崖から転落してしまう。

サビーヌはどんなに自分を責めたことだろうかと思う。

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facebook上の記事で、“リジリエンス”という言葉を知った。一般的な認知度としてはまだそれほど高くない言葉だと思う。私はこの言葉がもっと広がればいいと思う。

Wikiによれば、“リジリエンス”とは、「“脆弱性”の反対の概念であり、自発的治癒力の意味である。精神的回復力、抵抗力、復元力、耐久力などとも訳されるが、訳語を用いずそのまま”リジリエンス”と表記して用いることが多い。」とある。

私はこの作品を、サビーヌのリジリエンスの物語なのだと捉えた。
自分のせいで夫と娘を失ったサビーヌは人生のどん底とでもいうべき苦悩を味わったことであろう。このような過酷な体験は往々にして人から生きる気力を奪ってしまうことだろう。
しかし、サビーヌは生きた。そこから立ち上がった。

ヴェルサイユの一角に自分が設計し、人夫たちとともに汗を流し、泥まみれになりながら造り上げた庭園を築き上げることで。

創造とは人を蘇らせる力があるのだな。
大きな挫折から立ち上がった人間は、それ以前とは比べ物にならないくらい、強くたくましく、深い。

60歳をとっくに過ぎたというのに、まだまだ弱い自分を感じている私ですが、苦しい時には、これが自分を強くする試練なのだ、と受け止めたい。必ず乗り越えられる、と信じたい、と思う。
この作品を見て、”リジリエンス“という言葉が浮かび、だから、見終わった後に気分が良かったのだと思った。
プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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