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遠くの国の紛争と貧困の話

モンゴルの孤児院を支援している照屋朋子さんの報告会の話の続き。

照屋さんは活動報告の中で、今後は、活動をモンゴルに限定するのではなく、それ以外にも広げていきたいと話していた。
たとえば、アフリカの少年兵のリハビリを支援しているNPOの活動に協力するということなども考えていきたい、と。

彼女の話のなかには、私の知らなかったことがいくつかあったが、このことが一番、気になった。

「アフリカの少年兵」ってなんだ?

私は、ほとんど知識がなかったので、家に帰ってから調べた。
以下、wikiで得た知識なのだが、調べていくうちにあまりの酷さに絶句だった。

アフリカのウガンダについては、1970年代にアミン大統領というとんでもない独裁者がいたことは知っていた。
彼の政権時代には30万人もの反対勢力が粛清された。
1979年にアミン政権は打倒されたが、その後もクーデタが繰り返され、政情は不安定だった。

1987年、ジョセフ=コニーなる人物により「神の抵抗軍(LRA)」という組織が結成され、ウガンダ北部地域で活動を始めた。
LRAは、1994年、最初の大規模な子供の拉致を行い、少年を兵士に仕立て上げ、最も危険な最前線に立たせ、残虐行為に加担させた。少女の場合は、強制的に兵士の妻にして身の回りの世話などをさせた。
今に至るまで、LRAに拉致されたこどもは2万人以上になるという。
難しいのは、LRAに対して軍事的な掃討作戦を行うことは、拉致の被害者を攻撃することになってしまうことだ。

LRAは、すでに20年以上にわたって、こうした活動を続けているので、1994年に10代で誘拐された少年は30代になってしまっている。
しかも、こうした元少年兵の社会復帰はままならないという
なぜなら、彼らは、拉致の被害者であると同時に、兵士として洗脳的な軍事教育を受け、残虐行為に加担させられたため、加害者でもあるのだ。
また、幼少期に家族と離され、軍隊以外の生活を知らないので、普通の家族関係を理解できず、社会生活を送れないという
このため、もといた家族や地域社会にも受け入れてもらえない元少年兵も多い。

施設に収容された元少年兵の写真がある。
うつろな表情をして、床にへたり込んでいる。

彼らは、人間形成の基礎が培われなければならない少年期に、家族の愛情も知らず、友達や周囲の大人との必要な人間関係を築くこともできないまま、命の危険のある最前線に送り込まれてしまった。
このため、生きていくのに必要な社会性や、価値観を身に着けることができないまま、年齢だけ大人になってしまった。



以上が、調べてわかった内容である。

世界の果てのどこかで起こっているこうした悲惨な状況を聞かされても、ほとんどの人は、とりあえず、自分には関係ないと思うだろう。
私もそうである。
安全な日本で暮らせていることに感謝するのみである。
これは、遠くの国の紛争と貧困の話だ。

しかし、地球上に同じ人間として生きているということを考えてみると・・・。
人間としてのまともな生活を送ることができない状況下にある人々がいるということは、「人権」という観点から考えたら、許されない事態であるといえる。

世界には、現在、多くの紛争地域があり、「貧困」に苦しむ国がある。
抱えている問題はあまりにも根が深くて、簡単に解決できることではない。

それでも、そこに目を向けて、何かできることをしようとする人たちがいる
「人道上」、無関心ではいられないのだ。

そのことだけがわかった。


追記:前回の、『世の中を良くして 自分も幸福になれる「寄付」のすすめ』では、書いているうちに、ハッピーな気持ちになれたのですが、今回は、書いているうちに収拾がつかなくなり、どうまとめていいかわからなくなって、苦しみました。
あまりにも重いテーマだな、というのが感想です。

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萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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