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『アメリカン・ビューティー』

『アメリカンビューティー』
1999年のアメリカ映画。現代アメリカ社会の病みをテーマにした作品で、ごく平凡な一般家庭が崩壊する様子を描いている。アカデミー作品賞を受賞。

冒頭。
「今年42歳で、一年たたないうちに僕は死ぬ。」という主人公のナレーションから始まる。
(この主人公、だれかに殺されるのだな。娘にか? 妻にか?  と、まず思う。)

導入部は、この家庭の出勤前の朝の様子。

整った街路樹を持つ美しい街並み。
芝生を敷き詰めた前庭と、柵の周りに植え込まれたバラの花。
出勤前、びしっとスーツを着こなし化粧もきめこんだうえで、エプロン姿で、庭のバラを切り取る妻。
一見、豊かで、幸福そうなアメリカの一般家庭。

はたから見ただけではわからない。

この家庭が崩壊していく。
というか、すでに崩壊している。
その過程の描き方は、実に丁寧で、絶妙。
時にコミカルで、クスッと笑ってしまうような場面もある。
しかし、抱えている闇は深い。

見ながら、いろいろなことを考える。
なんでこんなに、心がすれ違ってしまったのか?

キャンドルを灯して美しくコーディネートされた夕食の食卓。
部屋に流れる上品な音楽。
それなりの料理。
しかし、かみ合わない会話。
妻の好みの気取った曲を、我慢して聞いている夫。


つい思ってしまう。
開拓時代を描いた「大草原の小さな家」の食卓。
「ALWAYS 三丁目の夕日」のちゃぶ台を囲んだ家族の夕飯。
こっちの方が幸せだよね。

開拓時代のアメリカや、高度成長期に突入していく時期の日本は、家族の心が一つに団結していて、豊かさを求めて生活していた。
実に単純でわかりやすかった。
そこには共通の夢があった。
そこには家族の愛があった。

物質的な豊かさという目的を実現してしまった現代社会では、人は何を求めて生きていいのかわからなくなって途方に暮れている。
何をやっても満たされない心。

家族のだれもが心のつながりを求めている。
しかし、共通の苦労を分かち合っていない家族は、自己の欲求を満たすことしか考えられず、相手の気持ちになって考えるという、想像力すら失っている。


この映画では、ラストにまたこの主人公の住む美しい街並みが映し出される。

私は、写真家・藤原新也の、もう30年以上も前の『東京漂流』という作品を思い出した。
なんの変哲もない、ごく普通の一戸建ての家屋の写真。
近所の住宅を写しただけの写真にしか見えない。
しかし、その家が、当時、浪人生だった二男が金属バットで両親を殺害してしまうという事件が起きた家だと知ったとたん、その写真が、背筋に寒さすら感じるようなものに見えてくる。

その時感じたこととちょっと似ているな。

主人公一家の隣に住む軍人一家も病んでいた。
最も健全で、楽しそうに生活していたのは、反対側のお隣の、ゲイのジムさんカップルだった。

幸せになりたいのなら、見栄も何もかも捨ててしまえ! と思った。

見終わった後の感想:重いテーマを扱っているのに、後味は悪くなかった。
崩壊していく家庭の過程を、淡々と、客観視できるように描いているからだろうか。
そして。エンディングロールに流れた曲は、ビートルズのBECAUSE。やっぱり名曲。

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萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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