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『それでも夜は明ける』

『それでも夜は明ける』
2013年のイギリス・アメリカ映画。アカデミー作品賞を受賞。

今回は、結末も含めた感想を述べたいので、「ネタバレあり」で書きます。

舞台は南北戦争以前のアメリカ。
この頃のアメリカは、北部は自由州と呼ばれる奴隷制を認めない州で構成され、南部は奴隷州とよばれる奴隷制を認める州で構成されていた。
北部には自由黒人という身分を保証された黒人がいて、南部では、黒人奴隷を労働力とする綿花栽培のプランテーションのもとに、過酷な環境の下に生活している黒人がいた。

主人公ソロモン=ノーサップは、北部ニューヨーク州で、自由黒人として、教育も受け、ヴァイオリニストとして家族と幸せに暮らしていた。
しかし、だまされて、南部に奴隷として売られてしまう。

物語はここから始まる。
この映画の原題は、“Twelve Years a slave”(12年間 奴隷として)で、実話である。

この映画を見終わった人から、「後味が悪かった。」という感想があった。
その気持ちはわかる。
実は、私も、映画を見始める前に、勝手に想像してしまったのだ。
それは、「それでも夜は明ける。」という邦題と、ソロモンが何かに向かって走っていく姿を大きく写したポスターのせいだ。

ポスターの写真は、ソロモンが自由を求めて農場を飛び出していく姿のように見えた。
しかし、そうではなかった。
奴隷制の下での南部の農場から逃げ出すことは不可能なことなのだ。
それがこの映画でよくわかった。

「それでも夜は明ける」という邦題についても、勘違いをしていた。
どんなにつらい状況下でも、やがて光が見えてくるよ、という意味かと思ってしまったのだ。
そうではなかった。
絶望的な日々が延々と続く。希望の糸口さえ見えない。
しかし、それでも、夜明けはやって来て、絶望的な一日がまた始まる。
そういう意味の、「それでも夜は明ける」ということのようだ。

ソロモンは限りなく努力した。農場主から認められるために、必死に働いたし、能力も発揮した。
しかし、横暴な農場監督から憎まれただけだった。
自分が自由黒人の身分であったということを認めてもらうための手紙も書いた。
しかし、途中で発覚。届かない。
町に用事を言いつかる。逃げたい。しかし、無理なのだ。
南部では、肌の黒いものが逃げようとしたって、すぐに見つかってしまう。北部は遠いのだ。

「ショーシャンク・・。」のような脱獄ものが大好きな私としては、ソロモンが自力で逃げて、自由を勝ち取る話なのかと思ってしまっていた。
よく考えてみれば、この時代、この状況下では不可能なことだった。

結局、物語の終盤でちょいと現れたブラッド=ピット演じるカナダの大工が、ソロモンの言い分を伝えたてくれたことで、農場に北部の保安官がやって来てソロモンは救われる。

最終的にもともと自由黒人だったソロモンは元の身分に戻れたけれど、抜け駆けのように一人救出されただけで、農場に残されたその他の奴隷たちの悲惨な生活は依然、続いていく。

ソロモンにとっての絶望的な日々は、12年間で終わった。
しかし、パッツィを始めとする、他の仲間は、救済されない。

見終わった後、ソロモンが家族のもとに帰れてよかった、なんてほとんど思わない。

この後も延々と続いていく、黒人奴隷たちの苦しみ、奴隷解放後も続く人種差別、・・・そのことに思いを馳せてしまうような作り方の映画だった。

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萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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