『マーガレット・サッチャー  鉄の女の涙』

この作品を見るのは何回目だろう。
同じ作品でも、その時の興味によって見方がまるで異なってくる。
以前この作品を見た時には、女性であり妻であり母であるサッチャーが、首相という重責・激務を伴う職務とどう折り合いをつけて生きていったのかという部分に注目がいった。
特に印象に残った場面は以下の3つだった。

1.食料品店の娘だったマーガレット=ロバーツが、同世代の女の子たちが着飾って遊びに行くのを尻目に見ながら、家業を手伝い、勉学に励み、オックスフォード大学の合格を勝ち取るところ。

2.初めての選挙で落選し、失意のどん底にいるマーガレットに、「君は未婚の食料品店の娘だ。ビジネスマンの妻になれば当選できる。」と言ってデニスが求婚するところ。
ここからマーガレット=ロバーツはマーガレット=サッチャーになる。首相になる以前から、そしてなってからも、夫デニスの存在がサッチャーにとって大きな支えであったことがよくわかる。

3.双子の母となったサッチャーが、「家にいて話をもっと聞いて欲しい。」と懇願する子供たちを振り切って車をだし、仕事に行く場面。母親の車を追いかけて走る子供たち。後ろ髪をひかれる思いを振り切って車のアクセルを踏むサッチャー。車を追いかけて走る子供たちの姿が次第に小さくなっていくシーンは、見ていて切ない。
(双子の片方の子であるマークは、こういう母親とどこかの時点で決別をはかったのだろう。この作品の中でも、南アフリカ在住ということでまったく登場しない。お祝いの式典にも欠席という電話が入るだけである。)

仕事を持つ女性なら誰でも悩む、仕事と育児の両立という問題については、サッチャーは政治家としての立場を優先させたということになる。逆の言い方をすれば、政治家としての思いがいかに強かったかということである。

サッチャーと言えば、福祉切り下げ、国営企業の民営化による経済の再建を進め、「イギリス病」を克服した首相である。
1970年代後半のイギリスは経済的な停滞に陥り、いわゆる「イギリス病」が蔓延していた。労働党政権の下で企業の国有化政策が進み、労働者は待遇改善、賃上げを要求してストライキをしまくっていた。
それをサッチャーはぴしゃりと引き締めた。ストライキをしたって会社がつぶれてしまったら元も子もないでしょ、会社はもうけを出してなんぼのものでしょ、というわけだ。

ただし、サッチャーの政策は最初からイギリス国民に受け入れられたわけではない。
むしろ、痛みを伴う改革は労働者たちからの強い反発を受け、うまく進めることができず、1979年に発足したサッチャー内閣は行き詰っていた。

そんなサッチャーを救ったのは、フォークランド紛争だった。
1982年4月2日、アルゼンチン軍が人口わずか数百人の南大西洋の英領フォークランド諸島を占領する。サッチャーはこの機を逃さなかった。兵を撤退させるまでブエノスアイレスの軍事政権との交渉を拒絶し、外交圧力にも抵抗し、海軍を派遣すると、短期間に激しい戦いを繰り広げ、再び島を掌握した。長年の衰退後のこの勝利は、国としての自信を回復するための起爆剤だった。国民にも、経済成長の最初の兆候が感じられるようになった。サッチャーの断固たる姿勢は有権者によって報いられた。83年の総選挙では、絶望的なほど分裂し無力化していた敵に助けられ、圧倒的な勝利を獲得その結果、最も野心的なプロジェクトに取り組むことが可能になる。」
   (『すべては1979年から始まった』 クリスチャン・カリル著 草思社 より)

今回、この作品を見直してみたいと思ったのはこの部分なのだ。

戦争はどうやって始まるのだろう、ということを考える時、この作品は参考になる。
サッチャーがイギリス海軍を派兵させるに至る経緯、サッチャーが海軍を派遣する決断をする場面が描かれていて、参考になる。

派兵に至る直前のところで、アメリカ大統領レーガンが、武力衝突を避けたいと、サッチャーと交渉を行う。
しかし、サッチャーはそれを突っぱねて派兵に至る。

そして勝利後のイギリスでサッチャー人気が高まり、イギリス国旗がはためき人々が喝采を浴びせる中を彼女が手を振りながら答える場面も描かれている。

フォークランド紛争におけるイギリスの勝利は、サッチャー人気に貢献し、その結果、支持基盤を固めたサッチャーは改革を断行することができ、「イギリス病」は克服された。

過去の出来事について、開戦に踏み切った判断は正しかったとか、いや踏みとどまるべきであった、などをと云々するつもりはない。

ただ、つくづく思う。

開戦に至るか至らないかは、国のトップの決断にかかるのだ。
政治のトップにいる人間の責任はとてつもなく大きいのだ。


追記:2011年のこの作品でサッチャーを演じたメリル・ストリープはアカデミー主演女優賞を獲得した。2017年1月8日、ゴールデングローブ賞の授賞式で、メリル・ストリープが就任直前のトランプ(次期)大統領を批判すると、トランプは、彼女のことを「ハリウッドで最も過大評価された女優の一人」とTwitterで応酬した。
「過大評価」とは失礼な。86歳という高齢のサッチャーを演じきったメリル・ストリープのうまさはお見事というしかない。
だいたい、こんなことにいちいちこんな反応する方がおかしい。
アメリカ大統領は合衆国軍の最高司令官としての指揮権をもつ者なのだ。
くれぐれも間違った判断をしないでほしいと願うばかりである。


プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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