『ヒトラー暗殺、13分の誤算』

冒頭、エルザーが爆弾を仕掛けるところから始まる。結果はすでに分かっている。
この作品は歴史的な事実にもとづく作品であり、ヒトラーの暗殺計画は少なくとも42回企てられたが、すべて失敗に終わっているのだ。

『ワルキューレ』のように、暗殺計画を進めていく展開にハラハラドキドキする作品ではない。
では、この作品の見どころはなんだろう?
これは、世の中が、ヒトラー支持に熱狂的に動いていき、だれもが「ハイル ヒトラー」と叫ぶようななかで、それに流されず、疑問を持ち、抵抗した人たちの物語なのだと思う。

大衆の心理は恐ろしい。
途中、ナチの兵士が、「村の運動会」という映像を村人たちに見せるシーンがある。
当時の人たちからすれば、写真が動くというだけで大喝采だ。
総統のお陰で技術は進歩した。われらのドイツは隅々まで豊かになっていくぞ。3年後には誰もが自分の“国民のラジオ”を持てる。すべての道が舗装され、照明もつく。これが進歩だ!ヒトラー総統だよ!」
この演説に聴衆はノリノリになり、「ジーク!」「ハイル!」と唱和して、手を掲げる。

そんな雰囲気の中、エルザーは疑問を感じ、このまま流されては危険な方向に進むと考える。
そして、暗殺という手段に出て失敗。エルザーは逮捕される。
逮捕後の、ひどい拷問。
エルザーの仕掛けた爆弾が精巧なので、こんなことが単独でできるはずはない、と考えるナチの上層部が、背後にいる黒幕をあばこうとするのだ。

エルザーの取り調べの過程で注目したいのが捜査を指揮した刑事警察局長のネーベと秘密警察(ゲシュタポ)局長のミューラー。ミューラーが徹底した拷問によりエルザーから自白を引き出そうとするのに対し、ネーベはそれをおさえてエルザーの話を聞こうとする。
そして、ネーベは、この暗殺未遂事件がエルザーの単独犯であることを確信する。しかし、それでは納得できない上層部は、「総統を怒らせないように早く自供を引き出せ」と、さらにきつい取り調べを要求してくる。ミューラーはそれに応じて、背後の組織をあばくために、(多分、そんなものはないと解っていながら)さらにひどい拷問による取り調べを継続する。

ネーベの方がまともな人なのだと思う。
しかし、そのまともさが通らず、ミューラーのようにヒトラーの言いなりになれる人物が幅を利かした世の中だった。
結局、ネーベは、1944年の7月20日事件、つまりワルキューレ作戦のシュタウフェンベルク少佐に加担したとして処刑される。

そして、エルザーもドイツの敗戦直前のところで銃殺刑。


この作品を見て思うことは、いったん独裁体制が構築されてしまうと、それを批判することがいかに困難なことになってしまうのかということだ。
人々がヒトラー支持に熱狂的に傾いていく中で、「ハイル ヒトラー」ではなく、エルザーのように、あえて「こんにちわ」という挨拶をすることすら、かなりの報復を覚悟しないとできない。

社会全体が大きな流れに向かって行ってしまった場合、そのエネルギーというのは恐ろしいものだと思った。

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萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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