『ソーシャル・ネットワーク』とザッカ―バーグ氏のこと

『ザッカ―バーグのハーバード卒業式スピーチがよかったので日本語訳した。』という、倉本圭造氏のブログがよかったというお知らせが拡散されてまわってきた。
http://www.huffingtonpost.jp/keizo-kuramoto/mark-zuckerberg-harvard-speech_b_16818864.html?ncid=engmodushpmg00000006

「理想を熱く語れるザッカ―バーグが素晴らしい」と熱く語る倉本氏の文も、熱くて素晴らしく、思いが伝わってきた。
以下、倉本氏の日本語訳からの抜粋。
ザッカ―バーグのスピーチのキモは以下の部分だと思う。

***  ***
今日、僕は「目的」について話します。しかし「あなたの人生の目的を見つけなさい的なよくある卒業スピーチ」をしたいわけではありません。僕らはミレニアル世代なんだから、そんなことは本能的にやっているはずです。だから、そうじゃなくて、今日、僕が話したいことは、「自分の人生の目標を見つけるだけでは不十分だ」という話をします。僕らの世代にとっての課題は、「“誰もが”目的感を人生の中で持てる世界を作り出すこと」なのです。
***   ***

私はこのスピーチのこの部分を読んだ時に、Mr.childrenの「fantasy」の歌詞を思い出した。

「誰もが孤独じゃなく
 誰もが不幸じゃなく
 誰もが今も よりよく進化している
 たとえばそんな願いを 自信を 皮肉を 道ずれに さぁ旅立とう」

ザッカ―バーグも桜井さんも同じことを考えるのだなと思った。
共通項は、自分のことだけではなく“誰もが”というところ。

長年、ミスチルのファンをやっているので、桜井さんの詩が素晴らしいことは、十分わかっていたが、ザッカ―バーグに関しては、映画『ソーシャル・ネットワーク』のイメージが強すぎて、誤解していたようだ。

『ソーシャル・ネットワーク』
2010年のアメリカ映画。
マーク・ザッカ―バーグがfacebookを立ち上げる際のエピソードを描いた作品である。
この作品では、facebook立ち上げのきっかけとなった「facemash」のできるエピソード、つまり、ハーバード大学の学生だったマークが、恋人とケンカした腹いせに、女子大生の写真を集めた顔の格付けサイトを立ち上げるところが描かれている。この時点で、まずサイテー。女性を顔やスタイルで比較して、どっちがいい?なんて選ばせるサイトは女性の立場からすると最も腹立たしい。でもまあ、こういうのがみんなが面白がるサイトなわけで、あっという間にアクセス数が膨れ上がる。これをきっかけに、ハーバード大学だけでなく各大学をつなげ、さらにヨーロッパにまで範囲を広げてしまう大きなサイトを作りあげてしまったというのがfacebookの誕生の秘話である。
しかし、それを進めていく課程で、初期の協力者であった双子のウィンクルボス兄弟との間に対立を生み、親友のエドゥアルドとも立場や考え方のちがいから亀裂が生じてしまう。そして彼らから起こされた訴訟と、それを説明する過去のできごとの場面が行ったり来たりする形でストーリーが展開する。

どうしても強い印象を受けてしまうのが、最初の恋人とのケンカ別れ時に言われた捨てゼリフ、「アンタがモテないのは、オタクだからじゃなくて、性格がサイテーだからよ。」
および、ラストの女性弁護士から言われた言葉、「陪審員は好感度から判断する。」というところ。
つまり、あんたは印象が悪いから、正当な言い分があっても悪く判断されてしまう、だったら、訴訟に労力をかけないで、そんなことは片づけてしまいなさい、という意味だ。
結局、ザッカ―バーグは訴訟額を上回る和解金を払って和解する道を選ぶ。
それだけ払っても、彼は最年少の億万長者となる。
というような、映画で作られたイメージから、facebookの創業者ザッカ―バーグについては、すごい人だけれど、性格はイマイチかな、と勝手に思ってしまっていた。
今回見直してみて気づいた女弁護士が最後に言った言葉、「あなたはサイテーの人間ではないけれど、そう見える生き方をしている。」というあたりにもっと注目しなければいけなかったのかな。
ザッカ―バーグ、ごめんね。

***   ***   ***   ***
もとのザッカ―バーグのハーバード大卒業スピーチの話題に戻る。
スピーチで語る「理想」なんて、単なる絵空事という人もいると思うけれど、私は「理想」を示すことが大切なのだと思う。
特にリーダーたるべき人はそうでなくてはならない。
スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学での「stay hungry ,stay foolish」,
オバマ大統領のヒロシマを訪れた際のスピーチ(ヒロシマを主語にした受動態の言い方が、アメリカの責任を回避した言い方だとする批判もあるけれど)、古くはケネディの「国家のために何ができるか。」とか、もっともっと古い時代のリンカンのゲティスバーグ演説などなど、人々に感銘を与えるようなスピーチができる人が、リーダーたるにふさわしい。

今後の世界の方向性を考えた場合、「誰もが」という要素は大事になってくる。

トランプ大統領が「アメリカ・ファースト」を強調し、パリ協定から脱退してしまったことは、目先の利益を優先しただけで、地球の未来を考えると、向かって行くべき方向とは逆の方向にかじ取りをしてしまったなと思う。
まだまだ修正可能と信じたいが。

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萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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