『終戦のエンペラー』

4つ前のブログで、「ナチ犯罪追及をテーマにした作品」について書いた。
人類史上最悪の行為と言えるホロコーストに対して、戦後、ドイツがどのように向き合ってきたのかを、映画を通して考えてみた記事だ。

当然のことながら、読んだ方から、「では日本は?」と問われた。

実は、私はこの記事を書いた時、本当は、日本についても言及したかったのだが、書けなかったのだ。
「過去への向き合い方の優等生」と言われるドイツと比較して、「日本が徴用工のことや従軍慰安婦のことでいつまでも韓国から言われ続けているのは何故なのか」が自分の中で常にモヤモヤしていて、それについて考えたかったし、書きたかった。しかし、うまくまとめることができなくて、その時は、ドイツに焦点を絞ることで文章をまとめ、逃げてしまった。

今回、日本の戦後処理について、あらためて考えてみたいと思う。

日本のことを書こうとした場合、どうしても「昭和天皇の戦争責任」について触れなければならない。
実は、このことについて書くのはとても難しい。


悩んだ挙句、以前見た『終戦のエンペラー』という作品のことを思い出した。
この作品を通して、マッカーサーの占領政策がどのようなものであったのか、彼が天皇の処遇をどのようにしようとしたのかから、日本の戦後処理について考えてみたいと思う。

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終戦のエンペラー

『終戦のエンペラー』
2013年公開のアメリカ映画。
(出演者)フェラーズ准将:マシュー・フォックス
     マッカーサー :トミー・リー・ジョーンズ
             (サントリー缶コーヒーBOSSのCM「宇宙人ジョーンズの地球調査シリーズ」でおなじみのあの人。)
東条英機(火野正平)、近衛文麿(中村雅俊)、木戸幸一(伊武雅刀)などが登場するが、それぞれの俳優が、演じた歴史上の人物になんとなく似ているというのも、見どころだと思う。このほか、ストーリーのなかでの重要な役どころとしては、主人公の恋人の伯父役の西田敏行。 など。

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1945年8月30日、マッカーサーは厚木海軍飛行場に連合軍最高司令官として降り立った。
パイプをくわえながら悠々とタラップを降りる姿は、これから、この人物のもとで占領政策が行われるのだということを日本人に強く印象付けた。
以後、彼の日本滞在は1951年の4月11日まで、2000日に及んだ。

この作品は、主人公のフェラーズ准将がマッカーサーから、「天皇を免責にするか逮捕するか、結論を出し、文書にして提出しろ。10日間で。」という命令を受けたことから始まる。

終戦直後の状況では、連合国側は天皇の裁判を求めており、さらに処刑を求める声が強かった。
しかし、マッカーサーは、「私の使命は日本の再建だ。」と言い切る。
「もし、天皇を逮捕すれば、集団自決や反乱を招く。裁判を行えば、火薬庫に火をつけるのも同然だ。」
と、日本のことを見ていた。

どうしたら、良いのか?

調査を開始したフェラーズは、いったんは「徹底的に調査したが、無実を証明する証拠は皆無。ヒロヒトは国の統治者として戦争責任を回避できない。天皇の逮捕は国内に大混乱を招くだろう。だが、不可避だ。」
という結論にたどり着く。
しかし、ここで昭和天皇の側近として宮中政治にかかわっていた木戸幸一が登場する。
彼はフェラーズに、8月9日深夜の御前会議のこと、8月14日から15日にかけての宮城事件(終戦反対事件、八・一五事件)のことを話した。

御前会議では、ポツダム宣言を受諾しようとする東郷茂徳外相と、降伏はできないとする阿南惟幾・陸軍大臣の意見に分かれ、3対3になってしまった。そこで、意見を求められた昭和天皇は、「自分の意見は、外務大臣の意見に同意である。」と答えた。
いわゆる「ご聖断」が下されたのである。
そして玉音放送の録音がされるのだが、降伏に反対する一部の陸軍省勤務の将校らが録音盤を奪い取ろうとして皇居を襲撃するという宮城事件を起こした。この事件は、鎮圧され、首謀者たちの自決や逮捕で収拾され、8月15日正午、当初の予定通り玉音放送はラジオを通して流された。

「天皇が戦争を終わらせた。」

フェラーズは、終戦に関しては間違いなく昭和天皇の意思が働いたと、結論づけた。


では、開戦に関してはどうなのか?

天皇は太平洋戦争の扇動者ではなかったのか?
仮に、天皇が開戦には反対だったとしても、軍部の暴走を止めることのできた唯一の立場にあったのは天皇ではなかったのか?
開戦について、天皇は止めえたのかどうか?

これに関するフェラーズの答えは「わからない」というものであった。
何年たっても、わからないだろう。
天皇は自分の気持ちを言葉や文章にして残していない。
天皇制という制度も謎だ。
だから、「わからない。」

結局。
昭和天皇が戦犯として裁かれることは回避された。
日本という国の特性を見極めたマッカーサーの占領政策が施行された。
日本は世界が目を見張るような復興を遂げた。

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公開後のこの作品への反応は、アメリカでは「日本の戦争責任を無視し、過剰に美化している。」という痛烈な批判があったらしい。
日本人の私の感想は、「よかった。」というものである。
「よかった」というのは、なにやら「ほっとした」という意味だ。
天皇の戦争責任を厳しく追及した作品であったなら見ていてしんどい。少なくとも、「終戦については天皇の力が大きく働いた」という内容に安堵したのだ。

おそらく、作品を見た多くの日本人はそう思うと思う。

日本人にとって、昭和天皇の戦争責任について語ることは難しい。
昭和天皇が開戦に反対あるいは消極的な立場であったとしても、大日本帝国憲法下のもとでの当時の日本において、最高の立場にあったのだから、責任はあった。
昭和天皇自身も、敗戦国の元首であるのだから、退位は考えていたようである。

しかし、昭和天皇はそのまま「天皇」という立場に据え置かれた。
このことによって、日本は混乱を回避できた。

1947年5月3日、日本国憲法が施行された。
日本国憲法を作成するにあたって、最も難しかったのは、第一条だったのではないかと思う。
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。」

現人神であった昭和天皇は、人間宣言をして、「国民の象徴」となった。

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数か月前にこのブログで「三島由紀夫vs東大全共闘」について書いたが、あの1969年の闘論の時の全共闘たちは「天皇制廃止」論者たちだった。
全共闘たちにとって、戦争責任についてあいまいな立場のままの昭和天皇に対する崇敬の気持ちはまるでなかったし、三島由紀夫は、天皇が日本人の心の拠り所であると考えていたのだから、意見が対立するのは当然だ。

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「天皇」とは何か?
私の中で知りたいこと、考えたいことが頭の中で渦巻き、天皇に関する書籍をいくつか読んだ。

むずかしい天皇制」 大澤真幸・木村草太 晶文社
街場の天皇論」 内田樹 文春文庫
平成と天皇」 半藤一利・保坂正康・井上亮 大和書房
「平成の天皇」論 伊藤智永 講談社現代新書

以上の書籍ではいずれも、平成の天皇が「象徴天皇」のあり方を模索し続け、見事に体現された、としている。
平成の天皇が、沖縄やペリリュー島などの戦争の被害が甚大であった地を訪れ祈る姿や、阪神・淡路大震災、東日本大震災の被災地を慰問する姿は、人々の心に安寧をもたらし、傷ついた人々を勇気づけた。

昭和天皇については難しすぎる。
64年の在位の中で、最初の20年は現人神として生き、後半の44年にわたる期間は人間であり、「国民の象徴」という簡単には理解できない立場に置かれた。
戦争責任について明確にされないまま、昭和天皇自身は、開戦を止めえなかったことに痛恨の思いを抱え続けながら、昭和という時代を生きぬいたのであろうと思う。

そして、年号はすでに「令和」になった。
「象徴って何?」
日本人にとってわけのわからなかった言葉の意味が、時代を経て、平成の天皇のあり方を通して定着してきたように思う。
継承者の確保の難しさや、皇族に自由はあるのかという点で、天皇制の存続を危惧する考えがあったとしても、天皇制そのものを否定する人は少ないと思う。

日本とはそういう国だ。

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では、もともと私が今回のブログを書く動機となった、「日本の過去への向き合い方」や戦争処理をめぐる問題についてはどうか?
日本は、1965年の日韓基本条約で、過去の韓国併合条約などの失効などを約し、日本は無償3億ドル、有償2億ドルの経済援助を行うことを約束し、それをもって賠償問題は終わった、という立場をとっている。

国家間でのお金のことでは決着はついている、と私もとらえたい。
しかし、感情的な面ではどうか?
韓国人の反日感情、日本人の嫌韓感情がいまだに残っているのは確かだ。
それがなぜなのかは、お金のことでは決着がついているとしても、日本の統治時代に韓国の方々受けた傷を癒すだけの日本側の謝罪や反省の表現が不十分であったからだろうと思う。
(ドイツにおけるブラントやヴァイツゼッカーやメルケルに相当する政治家が現れなかったのも不幸だった。)

そして2021年の現在。
BTSが大好きで韓国コスメを愛用している日本人の若い女性たちは、何の屈託もなく、「韓国大好き!」と答える。
これからの時代は彼ら・彼女たちが担っていく。
国際関係が良好で、平和が保てるのであればそれでいい。

曖昧のままでも時代は流れていく。

しかし、と思う。
過去に何があったのか、償うべきことがきちんとなされているのか、反省すべきことは何なのかは、歴史を学ぶことで考え続けていきたいと思う。

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少し話がずれることを承知で、最後に余計な一言を。
国際関係においては、双方の言い分が平行線をたどり決着がつかなくて、曖昧のままで何十年,何百年と続いてしまっていることはある。それでよいとは思っていないけれど、容易な解決は望めない。
しかし、自分の国のことで、決着できることは曖昧のままにしておいてはいけない。
特に政治家の「不正」とかね。
いくら日本人が、事を荒立てずに、時が過ぎて丸く収まるのを待つ、という特性を持っているとしても、不正を曖昧のままにしていると、日本がそれを許してしまう国になってしまう。
そうなってしまわないようにしなければね。
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プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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