『アイダよ、何処へ』

緊急事態宣言も明け、台風一過の10月2日(土)、千葉劇場というミニシアターに映画を見に行ってきました。観客数10人弱。シニア料金(¥1100)で入っているとみられる人ばかりだったから、この回の売り上げ1万円程度。地方のミニシアターは経営が大変だろうなどと思いながら、作品に浸ってきた。


『アイダよ、何処へ(QUO VADIS,AIDA?)』
2020年のボスニア・ヘルツェゴヴィナなど9か国の合作映画 (注1)


第二次世界大戦後のヨーロッパ最悪の悲劇と言われた1995年夏の「スレブレニツァの虐殺」」を描いた作品。
混乱のさなか、国連職員で通訳のアイダは家族を守るために必死の行動をとった。
アイダよ、何処へ

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スレプレニツァという地名をご存知でしたか?
私は知らなかった。
ボスニア紛争の背景はわかっているつもりだったし、その悲惨な展開も知っているつもりであったが、このような集団処刑が行われたことについても全く知らなかったし、そもそも、スレプレニツァという地名も今回初めて聞いた。
ボスニア紛争自体が複雑で悲惨だが、その末期に起きたスレブレニツァの虐殺では、推計8000人以上のボシュニャク人(イスラーム教徒)が殺害された。
わずか四半世紀前に、このようなことが起きていたのだということを、映画を通して知ることができた。
民族同士の対立から内戦となり、混乱が加速すると、収拾不可能な状態に陥り、このようなことが起こってしまうのかと、その恐ろしさを認識した。

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この作品の背景となったボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争(1992~1995)について。

ユーゴ 地図

第一次世界大戦後に独立したユーゴスラヴィアという国は6つの共和国からなる連邦国家で、「5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字をもつ1つの国家(注2)」で、多様性・複雑性をもつ国家であったが、ティトー大統領というカリスマ的指導者のもと、東西冷戦の緊張の中で、統一を保っていた。
1980年にティトー大統領が死去して以降、連邦国家としての結合は弱まり、1989年冷戦終結、1991年ソ連消滅という激動の中で、連邦を構成していたスロベニア、クロアチアが連邦から分離独立し、ユーゴスラヴィアの解体が始まっていった。
その流れの中で、ボシュニャク人(イスラーム教徒)、セルビア人、クロアチア人という宗教の異なる3つの民族で構成されていたボスニア・ヘルツェゴヴィナは、分離独立をめぐる対立から、複雑な内戦になってしまった。
そして、勢力地域を拡大するセルビア人に対して、人数では多数派であるはずのボシュニャク人は最も劣勢になってしまった。
ボスニア 地図
1995年7月、セルビア軍の侵攻を目前にして、スレプレニツァ地域に住むボシュニャク人は、安全地帯とされた国連保護軍のオランダ軍本部に向かうか、セルビア人支配地域を突破しながら約50km離れたボシュニャク人支配地域をめざして徒歩で向かうしかなかった。

約4万人いたスレプレニツァのボシュニャク人のうち、オランダ軍本部を目指した人々が約2万人。しかし、その敷地内には入れたのは5000人で、約15000人がゲートの外にあふれかえり、水もトイレもない状態の屋外で昼夜を過ごすことを強いられた。
アイダ

この作品では、オランダ本部に逃げ込もうとした人々の様子を中心に描いている。
見ていて衝撃の連続だった。
こんな状況下に1時間でも居たくない。
命の危険にさらされながら、行き場のない人々。
そんな人々であふれかえっているオランダ軍本部のゲート前。


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(以下、この作品をみて私が感じたこと。ネタバレを含みます。)

アイダがすごい。家族を守ろうとして必死に施設の中を走り回る。
しかし、それは、自分の家族である夫と息子2人を守るためであって、国連職員という立場を利用して、特別扱いしてもらおうとして、必死に国連軍の人たちに懇願する姿だ。
見ていて、途中で、ん?と思う。
アイダの行動に「自分の家族だけ」という身勝手さを感じるのだ。
しかし、アイダに共感することはできないまま見続けているうちに、そんなことは言っていられないすさまじい状況であったのだということを思い知らされる。
逃げなくては、隠れなければ殺されるのだ。
家族を守るためならなんだってする。
きれいごとなど言っていられない、これが混乱を極めた現場の実態だったのだろう。

さらに、みていて感じてしまうこと。
国連軍の無力さ。
ルワンダ内戦の時もそうだった。
事態がどんどんエスカレートしていって収拾不可能になると現地を見捨てて撤退する。
国連軍て?とつい思ってしまう。

しかし現地の国連軍の無力さを批判することはできない。
オランダ軍は、他国がすでにこの地を見捨てている状況のなかで、現地に駐屯して、この地の住民を守ろうとしていたのだ。
圧倒的な兵力不足による無力を非難することは、問題の本質からそれることになる。

問題は民族同士の憎しみあいだ。
外見からは、セルビア人とボシュニャク人は区別がつかない。
大きく分類すれば、同じ南スラヴ人だ。
それなのに、宗教の違いによる民族の違いは、憎しみにまで膨らんでいく。
ボシュニャク人がセルビア人を殺害したから、それに対する報復をしているというセルビア軍の将軍ムラディッチの理屈。
そのために命を奪われた無抵抗のスレプレニツァのボシュニャク人。

悲しい。

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その後の展開。
スレプレニツァの虐殺の起きた7月の後、8月にはNATOによるセルビア人支配地域への大規模空爆が始まり、アメリカが仲介に乗り出す。
11月、3民族による和平合意が成立し、12月に正式調印された。

その後、16年間潜伏していたムラディッチは2011年に身柄を確保され、2021年6月、ようやく終身刑が確定した。

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劇場で購入したパンフレットを読んで知ったこと。
アイダを演じたヤスナ・ジュリチッチとムラディッチ将軍を演じたボスコ・イサコヴィッチは夫婦でともにセルビア人。この作品に出演したことでセルビア人から非難の的になり、母国で政治的圧力を受けているという。

すごい夫婦だと思う。
セルビア人でありながらボシュニャク人を演じる、
セルビア人でありながら、ジェノサイドを行ったムラディッチ将軍を演じる。

この作品はセルビア人にとっては、見たくもないものだろう。
多くの一般セルビア人にとって、スレプレニツァの虐殺は軍が行ったことで、自分には関係ないこと、と思いたいだろう。
しかし、この作品により、世界の人々がそこで何が起きたかを知ることができた。
作品を見た私たちは、セルビア人を非難するということではなく、なぜこのようなことが起きてしまったのだろうということを考え続けたい。

タイトルの「アイダよ、何処へ」は、この先、アイダがどちらに向かって生きていくのかということを問うているのだろうと思う。


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(注1):この作品を制作するにあたって、資金のないボスニアに対して、オーストリア、ドイツ、フランス、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ルーマニア、トルコの8か国が協力した。

(注2)
6つの共和国:スロベニア、クロアチア、セルビア、モンテネグロ、マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ      
5つの民族:セルビア人、クロアチア人、スロベニア人、モンテネグロ人、マケドニア人
4つの言語;セルビア語、クロアチア語、スロベニア語、マケドニア語
3つの宗教:カトリック、正教、イスラーム教
2つの文字:ラテン文字、キリル文字
1つの国家:ユーゴスラヴィア連邦
のことを指します。 共和国については、現在はセルビアからコソヴォが独立したので7つになっていることや、民族のなかに、ボシュニャク人(当時はムスリム人という呼び方だった)が含まれていないので、適当ではない部分がありますが、複雑な民族構成を持つ国ということを表現するために、数をあげて示すこの言い方を使いました。
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プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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