『グローリー/明日への行進』

グローリー

2014年のアメリカの歴史ドラマ
1965年のセルマ大行進を描いた作品。

キング牧師は、公民権運動の指導者として私たち日本人にもよく知られた存在だ。
1964年の公民権法成立に大きく貢献し、同年、ノーベル平和賞を受賞した。
1963年のワシントン大行進における「I have a dream.」のスピーチはあまりにも有名だ。

この作品は、その翌年の1965年のセルマ大行進を描いたものである。

セルマ大行進とは、どのような背景のもとで、何を求めて行われたものなのか、この作品を見るとよくわかる。
1965年ということは、公民権法成立後のことである。
公民権法が成立したからといって、人々の差別感情はもちろん、法制度上でさえ黒人差別はなくなっていなかった。

差別を続けられる巧みな仕組みが、南部各州に残っていた。
すでに憲法修正第15条により、投票権を付与するときに、市民の人種、肌の色により差別してはいけないことになっているはずである。
しかし、南部州には、投票権獲得のためには有権者登録をしなければならないという法律があった。
登録受理には、識字テストや教養テスト、投票税などの厳しい条件をクリアしなければならなかった

この作品でも冒頭の部分にその様子が描かれている。
登録に来た黒人女性に対して、役人が、「憲法の前文を言え。」と問う。
女性は、きちんと勉強をしてきているから落ち着いて答える。
「アラバマ州の判事の数は?」 「67人」 ここまでは何とか対応する。
「では、その名前を言え。」  「・・・・・。」
いくら何でもこれは無理でしょう。判事の名前なんか言えるわけがない。
(今の日本人で、最高裁判所裁判官15人を全部言える人がどれだけいますか?)

理不尽なテストの結果は、「却下」。
これでは何度申請しても通るわけがない。

しかも、登録を申請したものの名前が新聞に掲載されるので、KKKの襲撃の対象になる、申請したものは解雇される、etc.
こんなことが横行していたら、申請すらできなくなる。

黒人たちの抵抗に、ひどい暴力で対応する警察や白人至上主義者。
しかし、暴力による殺人が起こったとしても、殺人を犯した白人はだれ一人有罪にならない。
白人の有権者が選ぶ公務員に守られているから。
たとえ裁判になっても全員白人の陪審員が無罪を評決するから。
なぜ全員が白人か?
陪審員になるには有権者登録が必要だから。

こんな社会の仕組みがあったら、世の中から差別をなくすことなど、できるわけがない。

キング牧師たちは、公正な投票の権利を求めて、抗議活動を行う。

キング牧師のやり方は「非暴力」である。

暴力に対して暴力で対抗しても、さらなる激しい暴力を生むだけだ。
しかし、非暴力という戦術は、やられ放題になってしまう危険がある。
丸腰の黒人に対して、警官が警棒で殴りつけてくるのだから、当然、黒人側に犠牲が出る。

それでも、キング牧師は「非暴力」を貫き、黒人たちを指導する。
「非暴力」の抵抗を大きなうねりにしなくてはならない。

セルマ大行進の前に、3月7日の行進があった。この行進はアラバマ州警察のひどい暴力をもって阻止されてしまう。
この「血の日曜日事件」と呼ばれる弾圧は、テレビで報道され、世界中の新聞にも掲載された。
南部アラバマ州の警察や民兵の暴力に対する批判が高まる。
世論を味方につける。
この戦法しかない。

再度試みられた9日の行進は、キング牧師の直感で引き返すことになってしまい、その判断は、集まってくれた人への裏切りと考える人もいて、運動内部での動揺も起こる。
(この部分はいろいろな解釈があると思うが、私は、キング牧師ほどの指導者でも、迷いや不安は起こるということなのだと思った。)

様々な人々の思いを込めて、3月21~25日のセルマ大行進へ。
アラバマ州セルマから州都モンゴメリーまでの80㎞にわたる大行進の参加者は2万5000人にも膨れ上がった。
その中の2割は差別に反対する白人であった。

5か月後、投票法が成立し、識字試験は廃止された

***************
大筋とは少し離れますが。

キング牧師とジョンソン大統領とのやり取り。
キング牧師とマルコムXとの確執。
キング牧師と妻の関係。
キング牧師の周りには活動を共にするメンバーだけでなく、そこには様々な人間関係があるわけで、見どころは満載でした。


ジョンソン大統領については、この作品ではおおむね好感をもって見ることができた。
マルコムXのような過激な人物よりも、キング牧師のような平和的な活動をする人物が指導者であったほうがやりやすい、という打算や、黒人に味方することで南部の白人の支持を失うことを恐れるという選挙を意識した部分も描かれている。
まあ、政治家とはそんなものでしょう。
何より大事なのは、キング牧師との話し合いを通じて、キング牧師の訴えを受け入れるという決断をしたことだ。
のちにベトナム戦争に本格介入した大統領として名前を残してしまうことになるけれど、セルマ大行進の安全を保障し、投票権法の成立に署名した大統領であるのだ。

途中、キング牧師を崩す策略として、FBI長官のフーヴァーが、キング牧師の奥さんに不倫の証拠テープを送りつけて、夫婦関係に亀裂を入れようとすることもあった。
盗聴テープ自体が卑劣。しかも、そのテープの内容が捏造であったのなら・・。
真偽はわからないけれど、卑怯なやり口。
様々な方向からの妨害があったのだな。

キング牧師は同時代のマルコムXとは、タッグを組まなかった。
黒人公民権運動活動家マルコムXは、非暴力のキング牧師とは異なる過激なやり方で闘争をしていたが、この時期、マルコムXは所属していたNOI(ナーション・オブ・イスラム)を脱退していて、キング牧師への支援を申し出ている。
しかし、キング牧師は拒絶する。
キング牧師はマルコムXを信用していなかったようだ。
キング牧師の指導は徹底した「非暴力」であり、相手の攻撃に反撃してしまったら、非暴力の戦術が水の泡になってしまうからなのかもしれない。

様々な登場人物が描かれていた。
活動に加わり、その後、黒人の差別撤廃のために長く政治の舞台で活躍した人もいる。
活動のさなかに、ひどい警察の暴力に命を落とした若者もいる。
キング牧師も、1968年に暗殺された。


多くの犠牲があり、それでもいまだに差別はなくなっていない。
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萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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