『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』

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2011年のアメリカのドラマ映画。
舞台は1960年代のミシシッピ州ジャクソン。
「ヘルプ」とは、家政婦・メイドのこと。

出演
エマ・ストーン(スキーター)
ヴィオラ・ディヴィス(黒人メイドのエイビリーン)
オクタヴィア・スペンサー(黒人メイドのミニー)
ブライス・ダラス・ハワード(ミニーの雇用主のヒリー)

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このところ、ずっと黒人差別についての映画を見続けている。
ネットの記事にリストが上がっていたり、友人が教えてくれたり。
見ておきたい映画はまだまだ、たくさんある。
そんな中で、友人が教えてくれたこの作品を見てみた。

1960年当時の南部の富裕層の家庭の白人の女主人と黒人メイドの関係がよくわかる作品で、出てくる女優陣がみんな魅力的だった。
このあと『ラ・ラ・ランド』(2016)でアカデミー主演女優賞を獲得するエマ・ストーン。
この作品で助演女優賞を獲得したオクタヴィア・スペンサーは、このあとの『ドリーム』などの作品でも大活躍だ。
そして、重要なのが、この作品の中で憎まれ役のヒリーを演じているブライス・ダラス・ハワード。黒人メイドに対して常に偉そうにふるまい、差別的でわがまま。見ている側を、黒人メイドのミニーを応援したくなるような気持にさせてくれる。憎まれ役を一手に引き受けているのだが、どこか間が抜けていて愛嬌があり、味のある女優だと思った。

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ストーリーは、スキーターが、黒人メイドたちから、女主人たちからのひどい扱いを受けた経験の話を取材して、本にまとめて世に知らしめようとすることを軸に展開する。
黒人に対する差別感情が当たり前で、黒人メイドをひどい待遇で扱うアメリカ南部の社会の中にあって、スキーターはそれを批判的な目で見、黒人の立場に寄り添おうとする。

黒人メイドたちもやられるままではなく、ヒリーも、ミニーの反撃にあって痛い目に合う。
ラストでちょっとエイビリーンに同情するけれど、彼女ならこの先も強く生きていくことができるだろう、と思える展開だ。
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見終わった後、スカッとした。面白かった。
そんな気持ちになれるようにこの映画はできている。

この作品は多くの観客を集め、興行的にも成功した。
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しかし。
この作品は典型的な「白人の救世主」映画とされる。
「白人の救世主映画」とは、白人が非白人の人々を窮地から救う、というおきまりのパターンの映画を、批判を込めて表現した言葉だ。

「白人の救世主映画」は成功する。

なぜ成功し、なぜ批判されるのか?

それは白人目線で作られているからだ。
人は「差別はいけないことだ」という感情を持っているし、世の中から差別をなくしたいと思っている。
だから、差別に抵抗して行動する人を見ると、ヒーローを見ている気分になれる。
『スーパーマン』や『スパイダーマン』を見るのと同じような脳の刺激を受けるのだと思う。

「白人の救世主」は、差別が当たり前の社会の中で、嫌がらせや、身の危険にまで及ぶ周囲の対応にも屈せず、正しいことを貫こうとする。
そういう姿を見ているのは、気分がいい。
差別を受けている黒人を助けようとする良心を持った白人を見て、自分たち白人も捨てたもんじゃない、と安心させてもらえる。

つまり、「白人の救世主」という批判を込めた言葉は、そういう人物を主人公にしてヒットを狙う製作者側に対するものであり、そこで満足してしまう見る側の受け止め方に対するものなのだ。

(「白人の救世主」の存在自体は、多数派が動かしている世の中の流れに逆らって、マイノリティの立場に立っているのだから、尊敬に値すると思う。)

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映画には、制作された時代が反映する。
(描かれている時代ではなく)、制作された作品そのものが映画の歴史を作っている。
かつての「西部劇」では、インディアンは白人の馬車を襲撃する悪者だった。
白人が全速力で疾走する駅馬車から銃でインディアンを倒し、駅馬車が無事にステーションまで到着するとほっと胸をなでおろした。
インディアンは白人と敵対する「悪」だった。

それが『ダンス・ウィズ・ウルブズ』で大きく変わった。
もともとアメリカ大陸に住んでいたインディアンの生活を脅かしたのは白人の側だという立場で作品が作られていた。
インディアンに寄り添い、最終的にインディアンと行動を共にする主人公の生き方に心を打たれる。
この作品も「白人の救世主」映画に分類される。
しかし、分類をすれば、「白人の救世主映画」に属してしまうけれど、この作品は、インディアン=敵=悪者という価値観から、一線を画した、映画史の中で大きな意味を持つ作品だ

「白人の救世主」の映画は、かつて一方的にインディアン=悪者と決めつけた西部劇と比較してみるなら、非白人と交流を持つ白人を描くようになったということで、西部劇時代からは一歩前進したといえる。

願望。
そういった意味で、映画が製作された時代を反映するのなら、そして歴史が「差別のない社会」をめざしているのだとしたら、いつか『かつて「白人の救世主」を描いた映画が作られた時代があった。』と、過去形で言えるような時代が来てほしいと思う。
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プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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