『1987 ある闘いの真実』

2017年の韓国映画
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韓国にとって1987年がどういう意味を持つ年だったのか。
1987年時の政権がどれほど酷いものだったのか。
それに対する民衆の反抗がどれほど強く不屈のものであったか。
それがよく分かった。

光州事件から7年後の1987年、韓国は依然、チョン・ドゥホァン(全斗煥)軍事独裁政権下にあり、反政府勢力に対する酷い弾圧が行われていた。
民主化推進派はひとくくりでアカ(共産主義者)と呼ばれ、弾圧の対象になっていた。
民主化推進派が求めていたのは大統領直接選挙
共産主義体制を求めていたわけではない。しかし、政権にとって都合の悪い人物は、すべて「アカ」と呼ばれ、北朝鮮のスパイとの疑いをかけられて、南営洞(ナミャンドン)の治安本部対共分室で酷い拷問にかけられていた。

そんな状態が7年間も続いていた。
そこで起こってしまったのが、パク・ジョンチョル(朴鐘哲)というソウル大生の拷問死
作品は、ソウル大生拷問死事件の起きた1987年1月14日以降の展開を日付とともに描いている。

解剖による検死もさせないで心臓麻痺としてこれを処理しようとする警察のパク所長ら、この事件をもみ消そうとする権力側の人達。
これに対して毅然たる態度で、拷問死という事実を明らかにしようとするソウル地検のチェ検事をはじめ、解剖を担当した医師、中央日報の記者たち。
これら多くの人達が、良心にしたがって、それぞれの仕事をし、暴力をも使った妨害にも屈せず、事の真相を次第に明らかにしていく。
後半は、高まっていく民主化闘争。ここから、投獄された民主派推進派と監獄の外で活動する民主化推進派との連絡役を担うハン看守と、彼の姪で女子大生のヨニが登場する。
実話をもとに作成されたこの作品の中で、ヨニだけが実在しない架空の人物である。
ヨニは当初、危険な民主化闘争にかかわりたくないと思っており、叔父のハン看守がやっている民主派推進派の連絡役に使われるのを嫌がっていた。そのヨニが、彼女が慕う学生活動家のイ・ハニョルとのかかわりを通して民主化闘争に目覚めていく。
民主化闘争が最高潮に達し、バスの車両の上に上り、腕を振り掲げるヨニの姿は韓国の一般民衆の象徴だと思う。

エンディング。酷い拷問や民主化運動での治安部隊との衝突で命を落とした人達の名前と、その追悼に集まったたくさんの人々の映像とともに、「この日来たりなば」が流れる。 
この作品のは韓国での原題「1987 When The Day Comes」となった曲であり、抵抗の歌、民主化運動の象徴の歌である。
感動的。
軍事独裁政権に抵抗する様々な人が、権力側の暴力や脅しに屈することなく、民主化を勝ち取っていった「1987」という年は、韓国の人たちにとって誇れる年なのだと思った。

******************
(補足)
作品は、それを描いている時代だけでなく、それを制作した時代も反映する。
この作品は2017年の作品であるが、それは、わずか30数年前のチョン・ドゥホァン政権の酷い弾圧を描くことができる時代になったということを示している。
(ただし、チャン・ジュナン監督は当時のパク・クネ(朴槿恵)大統領のブラック・リストに載っていたので、制作の企画は秘密裏に進められたという。さらに、制作の途中、パク・クネ政権の汚職が明るみに出て混乱したことも、この作品の完成に幸いした。)

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萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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