『コリーニ事件』

2019年のドイツ映画。
コリーニ事件



冒頭から、引き込まれる。

2001年のベルリン。ホテルの最上階のスイートルームで、経済界の大物MMF社長ハンス・マイヤーが殺害された。容疑者は、ファブリツィオ・コリーニ、67歳。ドイツで30年以上暮らしているイタリア人。
この裁判でコリーニの国選弁護人となったカスパーにとって、被害者マイヤーは少年時代の恩人で、トルコ系のカスパーを孫の友人として優しく支援してくれた人物だった。
被害者マイヤーが自分の恩人のマイヤーではあると知らずに、コリーニの弁護を引き受けてしまったカスパー。しかも、コリーニは黙秘を続け、何も語らない。

動機は何なのか?
コリーニとマイヤーの過去にどんな関係があったのか?

フランコ・ネロ
    コリーニを演じたフランコ・ネロ
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「法廷モノに外れなし」の言葉どおりでした。
見終わった後、いろいろ調べ、考えました。
考えなければいけないテーマを投げかけられたと思いました。

以下は、それについてです。
「続きを読む」のクリックをお願い致します。
(パソコンだとこの機能が使えるのですが、スマホだと、この機能は使えず、続けて全部表示されてしまうのがわかりました。すみません。作品を余計な情報なしでご覧になりたい方は、ここで読むのをストップしてください。)
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『コリーニ事件』 続き。ここからネタバレです。

黙秘を続けるコリーニであったが、カスパーはこの事件の背後に何があったのかを調べるため、コリーニの故郷であるイタリアのモンテカティーニを訪れる。
そこから明らかになっていく、第二次世界大戦中に起こった悲しい出来事。

ハンス・マイヤーはナチスの武装親衛隊の将校だった!
1944年6月19日、モンテカティーニの成人男性20人が、マイヤーの指示によって住民達の目の前で処刑された。処刑の理由は、ドイツ兵2名を殺害したパルチザンをかくまったというもの。
マイヤーがいう。
「ドイツ人が殺されたら10倍のパルチザンを殺す。10対1だ!」
こうして、コリーニの父親を含む20人のイタリア人が射殺された。
幼い少年だったコリーニの目前で。

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ここまででも十分に、戦争中に起きた悲惨な出来事を見事に描いているといえる。
しかし、話はそこで終わらない。

戦後のドイツでは、罪を裁かれるべきナチスの上官たちが、罰を逃れられる法律が成立していた。
1968年に成立したドレーアー法。この法律により、マイヤーのように無差別の銃殺を命令した将校の罪にも時効が成立し、罰せられなかった。
何人もの将校がこの法律により訴追を免れた。

力のあるもの達は、自分に都合の良い法律さえ作ることができるのだ。

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この法律の成立にかかわったマッティンガー教授が、かつての教え子カスパーに言う。
「君は遅く生まれた恩恵を受けている。
私は職務で関わっただけだ。なのに私を責めるのか?
この国が当時どうだったのか想像できるのか?」

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1944年のモンテカティーニ事件から57年後の2001年、コリーニ事件が起こった。
なぜ、これだけ時間が経ってしまったのか?

母親が死ぬまで、この事件のことには触れないという約束を守り、コリーニと彼の姉は、母親の死後の1968年にマイヤーを告発した。しかし、審理は却下された。
コリーニはどんな法律がマイヤーを守ったのかもわからず、納得がいかなかった。
姉もなくなり、家族もいないコリーニは、2001年、マイヤー殺害に至った。
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途中、真実を追究しようとするカスパーに投げかけられた言葉がある。

「君が見つけた真実など、何の役にも立たない。」

「いまさら何になるの?」

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直接に傷を受けていない人間はこう思いがちだ。私自身も含めて。
しかし、事件から50年以上たってもコリーニの傷は癒えることがなかった。
コリーニはどうしてもマイヤーのことを許すことができなかったのだ。
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法廷物にハズレなし

サスペンス、法廷物は私も好きです。
この映画は全然知らなかったので、ブログを読んでとても興味をそそられました。
プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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