KCIA 南山の部長たち

 2020年の韓国映画
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この作品は、1979年に起きたパク・チョンヒ(朴正熙)大統領暗殺事件を取り上げた実録本「南山の部長たち」を基に事件前40日を描いたフィクションである。
「南山」とは中央情報部のあった場所。韓国初の情報機関“中央情報部”は強力な権限を武器にパク政権を支えた。大統領に次ぐ権力を持つ中央情報部の歴代部長は“南山の部長たち”と呼ばれ、恐れられた。
登場人物は微妙に名前を変えているが、イ・ビョンホン演じた暗殺実行犯のキム・ギョンピンはもちろんキム・ジェギュ(金載圭)

彼は18年間の長きにわたった軍事独裁政権に終止符を打った民主化運動の愛国者なのか?
それとも、大統領の信頼が自分から警護室長に移っていくことで、自分が排除されることへの不安から凶行を行った自分本位の人物だったのか?

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ここでちょっと世界史講座:「暗殺について」
世界史上、いちばん有名な暗殺事件はサライェヴォ事件だろう。
反オーストリア感情をもつセルビアの一青年によるオーストリア皇太子夫妻の暗殺事件は、第一次世界大戦勃発の引き金となった。
事件の背景は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナという地域(現在は国家です。)をオーストリアが併合したことで、セルビア人のオーストリアに対する反発が増幅したことだった。

これは異なる民族同士の対立から起きたものであるが、世界史上の暗殺事件は、同じ国民、同じ民族のなかでの、考え方の違いにから起こったものが多い。
リンカーン大統領を暗殺したのは南北戦争の結果に不満を持つ、南部連合の支持者だった。
ガンディーは、独立に際して「ヒンドゥーとイスラームが融合したインド」をめざしたが、ムスリムに対する譲歩など考えることができない狂信的なヒンドゥー原理主義者から暗殺された。
中東問題関連では、エジプト・イスラエル平和条約を締結したエジプトのサダト大統領はイスラーム復興主義過激派の軍人によって暗殺された(1981)。
パレスチナ暫定自治協定に調印し、中東和平に踏み切ったイスラエルのラビン首相は、ユダヤ教徒急進派に暗殺された(1995)。
ケネディ大統領暗殺については、いまだに謎であるが、暗殺実行犯オズワルドの背後には、ケネディの方針に不満を持つ一部のCIAの策動があったとする説が出てきている。一部のやったことであるにしてもCIAが企てたのだとしたら、まさに直属の組織による犯行ということになる。
そして、パク・チョンヒ大統領暗殺は側近中の側近キム・ジェギュ(金載圭)によるものだった。
案外、身内によるパターンが多い。

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作品に話を戻す。

歴史的事実を扱ったものなので結果はすでにわかっている。
しかも、作品の冒頭は、暗殺の行われた1979年10月26日、宮井洞(クンジョン)設宴所に、パク大統領とキム部長が入っていく場面である。そして、40日前にさかのぼり、暗殺に至るまでにどのような経過があったのか、ということを描くという構成。

この作品は、キム部長が暗殺を決意するまでの状況に納得がいくだろうか?
ということが、テーマであるように思う。
どういう立場で作品を制作したのか?
キム部長に同情的であるのか、批判的なのか、あるいは、歴史的事実を客観的立場で描こうとしたものなのか?

すごく単純に、パク大統領=独裁者、キム部長は独裁者を倒した人物という形で描かれているのならわかりやすいのだが、そういう描き方でもない。
暗殺を行ったキム部長をイ・ビョンホンが演じているので、つい彼に肩入れしてみてしまうのだが、パク大統領を演じているのもイ・ソンミンという、「ミセン(未生)」のオ課長や「工作」のリ所長など、私の好きな作品の中で極めて重要な“いい人”を演じている俳優をあてているのだ。
(クァク室長はまさに悪役で、わかりやすい。)

後半に入ったあたりでパク大統領の独裁者ぶりがわかりやすくなる。
プサン(釜山)からマサン(馬山)へと拡大した民主化を求める学生や市民のデモ(釜馬民主抗争)に対して、クァク大統領警護室室長のいった「暴徒は戦車でひき殺してしまえばいい。」という発言に対して、パク大統領は
「その通りだ。私が発砲命令を下せばだれも文句は言えない。何人か捕まえて、デモの黒幕にしたてろ。」と言い放った。
このあたりから、キム部長の、大統領と警護室長に対する不信感が強くなっていく。

そして、パク部長の心が大統領暗殺に向かっていくラスト30分はハラハラ・ドキドキで目が離せなくなる。

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ここで再び世界史講座:「開発独裁」

パク大統領は1961年にクーデタで政権を握り、63年に大統領となった後、1965年、国内の反対を押し切って日韓基本条約を締結した。これにより韓国は日本から有償・無償の経済援助を受け、「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれる経済発展を遂げた。
パク大統領は韓国の経済発展の立役者と言っていい。
しかし、18年もの長期政権というのは、権力維持のために反対勢力をかなりつぶしているはずなので、相当な膿が溜まっている。
1973年には野党指導者キム・デジュン(金大中)を東京で拉致するという金大中事件を起こした。このあたりから民主化運動への弾圧が強くなっていく。
1979年10月には最大野党の新民党総裁のキム・ヨンサム(金泳三)総裁を辞職させたことで、釜馬民主抗争が起こり、これに対して、パク大統領はこの作品で描かれているような対応をした。
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「開発独裁」という言葉がある。
簡単に言ってしまえば、開発のためには独裁が必要なのだという考え方。
たしかに開発独裁によって経済発展は遂げられた。
しかし、その発展は親族企業の優先、外国資本との癒着など、偏った構造を生み、大部分の国民には利益は還元されないという歪みを持っていた。
多くの開発途上国に見られた開発独裁は、国民の成長とともに高まっていった民主化闘争により、1990年代までにはいずれも崩壊していった。

韓国の場合、パク政権は暗殺という形で幕を閉じ、その後、もっと酷いチョン・ドゥホァン軍事政権が成立してしまい、この間、民主化を求める人たちに対する酷い弾圧により、多数の犠牲者を出すことになるのだが、その政権も1987年の民主化闘争により倒れた。

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キム部長は、パク大統領暗殺というところまでは完遂した。
が、その後の政権掌握というところまではできなかった。
作品を見ていると、参謀総長を味方につけておけばよかったのに、とか、暗殺実行後、南山に車を進めていたらよかったのに、などとは思ってしまう。
結局、暗殺実行後、キム部長の乗った車は陸軍本部に向かい、そこで逮捕された。

現実のキム・ギュテは裁判で、暗殺の目的は、「国民が犠牲になるのを防ぐことでした。」と言っている。
動機の根底にはそういう気持ちはあったと思う。
しかし、作品を見て私は、キム部長が暗殺という手段に至ったのは、民主化を弾圧するパク大統領との間で、考え方の違いが次第に深まり、クァク室長を重用する大統領からはずされ、やがて自分の存在自体も消されてしまうだろうという危機感から追い詰められていったのだろう、と思った。

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軍事力も持たない個人が暗殺を企てたとして、暗殺自体は成功したとしても、その後、暗殺実行犯が政権を握ることができたという例はない。
暗殺という手段は割に合わない。
暗殺によってその後の世の中がより良くなったという例もない。
サライェヴォ事件、五・一五事件、二・二六事件のその後、どういう時代に突入したのか、
サダト暗殺、ラビン暗殺後の中東情勢の混迷を見れば明らかである。
ケネディ暗殺後のアメリカはベトナム戦争という泥沼にはまっていった。
韓国も、パク大統領暗殺後、チョン・ドゥホァン軍事独裁政権による民主化勢力への弾圧が待っていた。

ろくなことがおこらない。

唯一、暗殺が成功していたら良かったのに、と思うのは、ヒトラー暗殺だけだ。

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(追記)
暗殺はテロ行為なので、起きてほしくないことだ。
ただし、暗殺を扱った作品は面白い。(不謹慎ないことを言ってすみません。)
このブログでも暗殺関連の過去記事がいくつかあるので、よかったらお読みください。

ワルキューレ
NHKスペシャル 未解決事件 JFK暗殺
JFK
ヒトラー暗殺 13分の誤算
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プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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