『三島由紀夫 vs 東大全共闘』

三島由紀夫 vs 東大全共闘  (2020)
三島由紀夫 vs 東大全共闘

2020年3月21日に公開された作品で、公開直後に見に行った。
テレビCMでこの作品のことを知った時、とにかく見たいと思い、時期としては、この直後の4月7日に1回目の緊急事態宣言が発令されたのだから、世の中にコロナ感染への不安がじわじわと強まっていたころだったけれど、とにかく行ってきた。

キャッチコピーどおり、「圧倒的熱量を、体感」してきた。
三島由紀夫という人物の人間力に魅了されてきた。
1960年代末の「政治の季節」と言われた時代を感じてきた。

一年後の2021年、Amazonプライムで配信されるようになったので、もう一度見てみた。
やはり、見入ってしまった。

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三島由紀夫

1969年5月13日、三島由紀夫は、超満員となった東大教養学部(駒場)900番教室にたった一人でのりこみ、東大全共闘の学生たちとの討論に臨んだ。
この前年の1968年、東大全共闘は、1月18日・19日に警視庁機動隊との安田講堂攻防戦で、催涙ガスと放水による厳しい攻撃に敗北している。
このころを学生運動の頂点とするならば、その翌年である1969年は、運動の熱気が下火になり始める時期に差し掛かっていた。全共闘側も活動の盛り上がりのための打開策がないかを探っている時だった。
そこで、打ち出されたこの討論会。実に興味深い設定であると思う。
簡単に言ってしまえば、左翼と右翼の全く考え方の違うものによる討論だ。

作品は、当時の学生運動の経過や、その頃の三島由紀夫の活動に触れながら、いよいよ討論の映像に入っていく。
私は三島由紀夫に心酔しているわけではないのだが、討論に臨む三島由紀夫を見て、なんて人を引き付ける力のある人なのだろうと感嘆した。
この人の人間力、ディベート力、すごいです!

三島由紀夫は、学生たちとの討論に実に誠実な態度で臨んでいた。質問に対する受け答えがまっとうなのである。ずれた回答をしたり、意図的にはずしてはぐらかすようなことはなく、時にユーモアを交え、笑いをとりながら、真摯にしゃべっていた。
聴衆の1000人を超える学生たちは、三島が何を語るのかに集中している。三島一人に対して、聴衆はすべて敵であるという舞台設定の場で、あれだけのスピーチができる三島由紀夫は天才だ。

真剣勝負での討論のラスト。
言葉は言葉を呼んで、翼をもってこの部屋の中を飛び廻ったんです。この言霊がどっかにどんなふうに残るか知りませんが、私がその言葉を、言霊をとにかくここに残して私は去っていきます。そして私は諸君の熱情は信じます。ほかのものは一切信じないとしても、これだけは信じるということはわかっていただきたい。」
2時間半にわたる討論の最後に、三島由紀夫はこう言って会場を去った。

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この翌年の1970年11月25日、三島由紀夫は自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺した。

三島は何を考え、何を求めていたのだろうか?

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長い論文の中の一部を切り取るのは、全体の論旨からずれることがあるので注意しなければならないが、三島由紀夫は、「反革命宣言」と「反革命宣言補註」のなかで以下のことを明確に述べているので引用しておく。(出典は『文化防衛論』ちくま文庫)
文化防衛論 本

なぜわれわれは共産主義に反対するのか?
第一にそれは、われわれの国体、すなわち文化・歴史・伝統と絶対に相容れず、論理的に天皇の御存在と相容れないからであり、しかも天皇は、われわれの歴史的連続性・文化的統一性・民族的同一性の、他にかけがえのない唯一の象徴だからである。」
(『文化防衛論』 p.11)


われわれの考える天皇とは、いかなる政治権力の象徴でもなく、それは一つの鏡のように、日本文化の全体性と、連続性を映し出すものであり、このような全体性を映し出す天皇制を、終局的には破壊するような勢力に対しては、われわれの文化伝統を賭けて闘わなければならないと信じているからである。」

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はっきりわかることは、三島由紀夫が共産主義革命に反対する立場をとっていて、その行動の根拠を天皇としているということである。

21世紀の現在、社会主義・共産主義はとうの昔に敗北しているから、こうしたことを真剣に語っていることが滑稽にすら感じてしまうかもしれないが、当時は、東西冷戦の真っただ中の時代だった。
社会主義を理想の社会・政治システムだと考える人が世界の半分いたのだ。

高度成長期の豊かさを享受していた日本人のほとんどは、資本主義が負けるわけはないと思っていたし、日本で革命が起きて世の中がひっくり返ってしまう可能性はないだろうと、安穏に思っていたわけだけれど。

そんな社会の状況の中、三島由紀夫ははっきりと反革命宣言をして、少数者としての誇りをもちながら活動していた。

「われわれ反革命の立場は、現在の時点における民衆の支持や理解をあてにすることはできない。われわれは先見し、予告し、そして、民衆の非難、怨嗟、罵倒すら浴びながら、彼らの未来を守るほかないのである。」
「われわれは自分の中の少数者の誇りと、自信と、孤立感にめげないエリート意識を保持しなければならない。」

「では、その少数者意識の行動の根拠は何であるか。それこそは天皇である。」

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はっきりとした文章で、三島の気持ちがわかる。

世の中には、ボ~っと生きていて、物事を深く考えずに安穏に暮らしている大半の人々と、危機感を感じて、世の流れがもしも悪い方に向かっているなら、何とかその流れを変えていこうとする少数者がいる。

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三島は、少数者としての「民衆の非難、怨嗟、罵倒」には耐える覚悟をもって、東大全共闘との討論に臨んだ。
場合によっては壇上で腹を切ってもいいという覚悟で短刀を忍ばせて会場に行ったようである。
それくらいの覚悟をもって討論に臨み、結果は、この討論会の会場にいた1000人を超える聴衆たちをひきつけた。みな真剣に三島の語ることを聞いた。あとで三島が述べている通り、この討論会は三島にとって愉快なものであったようだ。実際、三島は時折、笑顔すら浮かべ、終始、楽しそうだった。

しかし、そうした覚悟を持った少数者にとって、無関心や嘲笑は屈辱的で耐え難いものなのだったのかもしれない。
三島はことにあたるときに、恥をさらすくらいなら、腹を切るという覚悟をもって臨んだ。
そして、市ヶ谷駐屯地での自衛隊員への呼びかけは失敗した。
だから、本当に割腹自殺してしまった。
数々の三島研究がされている中で、浅い理解ではあるかもしれないが、そういうことなのだと思う。

死に急ぎすぎであると思うし、あまりにももったいなくて、残念でたまらないけれど。


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2021年の今。
質問に対する答えになっていない答弁や、「緊密に」とか「徹底的に」とかいう空虚な修飾語だけがふわふわと流れてるだけで内容が全くない答弁を聞かされすぎているせいか、真剣勝負で言葉と言葉の応酬を繰り広げたこの討論が、とても新鮮で魅力的だった。

参考図書
三島由紀夫 vs 東大全共闘文庫
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プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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