『最後の決闘裁判』

『最後の決闘裁判』
最後の決闘裁判

2021年のイギリス・アメリカ製作の歴史映画。
監督:リドリー・スコット 
出演:マット・デイモン (カルージュ)
   アダム・ドライバー (ル・グリ)
   ジョディ・カマー (マルグリット)
   ベン・アフレック  (ピエール)
 最後の決闘裁判 キャスト
  

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かなり気になっていた作品だった。
脚本は1997年の『グッド・ウィル・ハンティング』を手がけたマット・デイモンベン・アフレック
『グッド・ウィル・ハンティング』は、当時まだ無名だったマット・デイモンが、幼馴染で親友のベン・アフレックと共に2年の歳月をかけて練り上げた作品で、珠玉のセリフが込められていた。
私にとって、今まで見た作品の中でもベスト10に入るほど好きな作品だ。

だから、この『最後の決闘裁判』については、脚本がマット・デイモンとベン・アフレックと知っただけでワクワクしてしまい、どうしても見たいと思っていた。
そして、最寄りの映画館での上映が11月4日で終了ということを知り、上映打ち切り4日まえにぎりぎり仕事帰りに映画館に寄って見てきた。

見終わった後の帰り道。
「????」
「なんだ、これは。何を描きたいのだ?」
「よくわからん。」

モヤモヤが残った。

この作品についてはブログに書くつもりはなかったのだが、その後、ネットで評判や感想を読んでいたら、やはり、物議をかもしているということを知り、また、いろいろ考えてしまい、そのことを書いてみたくなった。
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1.
描いているのが14世紀なので、中世の価値観と現代とでは考え方が違うといってしまえばそれまでなのだが、それにしても納得がいかない。
裁判の決着を決闘でつけるとは....。

中世は理不尽で、少なくとも証拠に基づいて裁判が行われる現代の方がましとだと思った私の反応は、もしかして、作った側の思うつぼなのか?

2.
作品の構成が、性的暴行事件の被害者の夫、加害者、被害者の3人の視点から描いた3つのパートからなっているだが、同じことを3回繰り返し見せられたたようにしか思えなかった。
このことは、ヴェネツィア国際映画祭の記者会見で、同様の質問があったようだが、これに対して監督のリドリー・スコットは、「もう一度、映画を見たまえ!」と怒りの声で反応したそうだ。
私も間違いなくスコット監督から怒鳴られるな。

加害者、被害者、被害者の夫の3者による証言で真実をあぶりだそうという手法は、黒澤明監督の「羅生門」に倣っている。(こちらは「性的暴行事件の被害者の夫」が殺害されているので、事件の審問では、被害者の夫の証言は巫女の口を借りて語るという手法をとっている。)
特にこの被害者の夫のパートでは、「性的暴行事件の被害者である妻」がどのような表情を見せたか、どのような言動をとったのかが語られ、一つの出来事でも立場が違えば証言が食い違ってくる、という面白さにが、まさに作品の見どころだった。

「最後の決闘裁判」は3つのパートの違いがよくわからなかった。

3.
女性が性的暴行を訴えることの難しさは、中世も現代も変わらないということ。
訴えれば、世の中の好奇の目にさらさる。
しかし、訴えなければ泣き寝入りになる。
しかし、裁判で自分の主張が通るとは限らない。
被害者である女性に落ち度はなかったのか、ということを追及される。

「しかし」、「しかし」が繰り返されるだけ。

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中世とはなんて理不尽な世の中なのだろう。
女性が強姦を訴えることがいかに大変なことかということは、中世も現代も変わらないな。
と、思った。

マット・デイモンとベン・アフレックの友情に期待して見てしまったが、全くそういう役どころではなかった。
(思い込みは禁物)
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萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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