『ルース・エドガー』

『ルース・エドガー』
ルース・エドガー

2019年のアメリカ映画。
出演
ケルヴィン・ハリソン・Jr (ルース)
オクタヴィア・スペンサー (ハリエット・ウィルソン、世界史教師)
ナオミ・ワッツ (エイミー、ルースの養母)
ティム・ロス (ピーター、 ルースの養父)

面白い映画を教えてくれる情報源をいくつか持っているのだが、その一人Aくんがこの作品をあげてくれた。この人が「よかった。」という作品は私も「よかった」と思えるものが多いので、その信頼のもとに、Amazonプライムで見てみた。

タイトル以外の情報一切なしで見始めたが、いきなり見ても、登場人物の設定がわかりやすく、すぐに入っていけた。
そして。見終わった後、いろいろなことを考えさせられた。
こういう作品を秀作というのだろうな、と思った。

*******************
以下ネタバレです。

主人公のルースは黒人の高校生。非常に優秀で、スピーチのうまさは抜群。
友人も多く、リーダー格である。
彼の家族は白人の養母エイミー(ナオミ・ワッツ)と、養父ピーター(ティム・ロス)。
深い愛情をルースに注いでいる。

この人物設定でいくと、アフリカのエリトリアという貧しい国から、アメリカ人家庭に引き取られた少年が、養父母の深い愛情の下で、優秀な人物に成長していく話かなと思ってしまう。

しかし、そんな単純な話ではない。

この年頃の少年の心は実に繊細で複雑だ。
ことに、周りの大人たちによる価値観の押し付けには猛烈に反発する。
実子でさえ、よい親子関係を築いていくのが難しいのに、血のつながりのない関係というのはさらに難しいだろうと思う。
まして、ルースはエリトリアの少年兵だった。

ルースの過去がいかに悲惨であったのかということは、作品では一切描いていない。
ルースが養父母に引き取られてから10年、精神科の治療も受け、もう、全く普通の子供と同じ状態になっていることを養母が教師に語ることなどから、想像するだけである。
ルース本人も「車の運転よりも先に銃の扱い方を覚えた。」と語っていることから、少年兵として、殺傷能力のある銃をもって訓練された、あるいは、実際に戦線に立たされた経験を持つのだろう。

少年兵の話を聞くたびに心が痛くなる。
少年兵はおもに拉致されて兵士に仕立て上げられる。
(いたいけない子供を戦場に送ろうとする親はいないし、まだ原っぱで遊んでいたい子供が進んで兵士に志願するなどありえない。)
無垢だった少年たちが洗脳的な軍事訓練を受け、残虐行為に加担させられる。
親の愛や友人との人間関係を通して、社会生活を身に着け価値観を構築していく10代の時に、豊かな国への憎しみと、それを暴力で解決しようとする価値観を叩き込まれた少年が出来上がっていく。

少年兵は成人して、自分の育った村に帰っても社会復帰は難しいという。
拉致の被害者だった少年に、残虐行為の加担者としての経歴がついてしまっているからだ。

あまりにも根深い問題だ。
それを少しでも良い方向にと、少年兵の過去を持つルースを引き取り、アメリカ社会に溶け込めるように育て上げているエドガー夫妻はすごいと思う。

見ている者こうした前提を十分に理解させながら、ストーリーは、ルースの高校生生活を中心に展開していく。
軸は、世界史教師のハリエット・ウィルソン(オクタヴィア・スペンサー)との関係。
おそらく、ウィルソン先生は、ベテランで、実力のある教師。
世界史上の人物のだれかを選び、その人物になって語るというレポートの課題は面白いとと思う。
この課題で、ルースはフランツ・ファノンというアルジェリア独立運動の指導者を選んだ。
過激思想の持ち主である。
(一般の人はまず知らない。アルジェリアでも忘れられているレベルの人物だそうだ。)
ルースのことを優等生として扱ってきたウィルソン先生に不安がよぎる。
ルースもまた、「アフリカ系高校生の模範」を求めてくるウィルソン先生に息苦しさを感じていた。
ルースがディベートで見事な論理的意見を発表することや、人を感動させるスピーチをすることは、指導者であるウィルソン先生の手柄にもなる。
ルースはそれが嫌だった。

そんな時、ウィルソン先生はルースのロッカーから爆発物となる花火を発見してしまう。
危険物を保持していることは違反。
しかし、個人のロッカーを本人に断りもなく検査するのもプパライバシーの侵害だ。
このあたりから、二人は微妙に対立していく。

ルースが過激思想を持っているかもしれないと疑うウィルソン先生。
エイミーはあくまでも100%の愛情でルースを信じようとする。
途中、ピーターの本音も漏れる。「本当は自分の子とごく普通の家族を築きたかった。」と。

ルースは頭のいい少年だ。
周りの大人たちの心理を読めている。
そして、暴れたり、わめいたりすることはなく、ウィルソン先生の疑いにたいして、理路整然と答えて、すり抜けていく。
レポートに書いたことは、「その人物になって」というレポートの課題に則して書いただけだと。ロッカーは友人と共有しているので、入れてあるものについて、自分が全部管理しているわけではないと。

そして、ウィルソン先生のデスクが仕込まれた花火の爆発で破壊された。
ウィルソン先生はこの責任を取らされて失脚する。

********************

見終わった後、考えさせられる。
爆発物を仕組んだ犯人は誰なのか?
ウィルソン先生の自宅の窓ガラスに、「ニガー」という落書きをした犯人は誰なのか?

ルースは全く関与していないのか?
それとも、ルースが仕組んだことなのか?

作品ではそのことがはっきりわかるような描き方はしていない。

見終わった後、もう一度見返して、確かめたい気分にさえなる。

********************

さて。

作品を見終わった後、どう思い、どう考えるのかは人それぞれ。
ルースが怪しい、と感じる方もいるだろうし、いや、ルースは潔白だと思う方もいるだろう。
だから、この記事も、ここでやめておくべきだ。

ただ、余計なこととわかっていつつ、私がどう考えたかを、続けて書きます。
ここからは私の勝手な、そして全くの妄想。

私は爆発も落書きもルースが関与していると思う。
直接やっていなくても、素行の悪さからウィルソン先生に処分されて、スポーツ奨学金を取り消された仲間もいた。
ルースが彼にウィルソン先生を陥れる計画を示唆した可能性はある。
ウィルソン先生もそう考えた。
しかし、ウィルソン先生の考えも私の考えも、あくまでも疑念に過ぎない。
証拠がないことに対して、ルースの関与を決めつけて、取り調べることはできない。
そして、疑うことはルースを傷つける
これ以上、事件については進展しないだろう。

では、ルースは悪魔の心を持った少年なのか?

仮に事件にルースが関与していたとしても、これについては、私ははっきりと否定したい。
幼い時に少年兵の価値観を植え付けられていたとしても、ルースはアメリカの社会で生きていくための価値観がわかっている。
そして、私はルースの将来にも期待している。
それは、何が起こっても100%の愛情でルースを護るエイミーの存在があるからだ。
愛され、信頼されていることをわかっている人間は、それを裏切るようなことはしない。
ルースは頭の良い少年だ。仲間に対する優しさも持っている。
まともな大人に成長するだろう。

もちろん、この先、ルースが、「エリトリアで生まれ育ち、少年兵であったという自分の過去」に苦しむということは起こるだろう。

そうした葛藤を抱えながらも、ルースは立派な大人に成長するはずだ。
見終わった直後、心配な気持ちがわいてしまったのだが、しばらく考えた後、そんなふうに思えた。

あくまでも、自分を納得させるための都合の良い解釈であるけれど。

***************************

ウィルソン先生を演じたオクタヴィア・スペンサーが素晴らしい。
ヴィクトリア・スペンサー
「ヘルプ~心がつなぐストーリー」、「ドリーム」では、白人社会の差別の中で、強く生きていく黒人女性を演じていた。
今回は、主人公のルースに嫌われる役回り。
表情が豊かで、素晴らしい役者さんだと思います。
そして私も世界史教師なので、彼女が演じるウィルソン先生の気持ちが痛いほど理解できます。
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

最新記事
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

検索フォーム
リンク
QRコード
QR