この作品は、ウクライナのセルゲイ・ロズニツァ監督が、2014年から2015年の間にドンバスで実際に起きた13の出来事を、再現ドラマの形で描いたもの。
ドキュメンタリー作品ではないが、作品で描かれていることはすべて実話がもとになっている。
2018年の作品である。2022年2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻を受けて、日本でも、6月3日から緊急上映されることになった。
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ドンバスとは
ウクライナの東部にあるルハンシク州とドネツク州をドンバス地域と呼ぶ。
この2つの州の南部は、現在、ロシア軍の支援を受ける親ロシア派勢力(分離派)の占領地域となっていて、ウクライナからの独立を宣言し、「ドネツク人民共和故国」と「ルガンスク共和国」を自称している。ロシアはこれを国家として承認している。この2つの自称「共和国」を合わせた呼称が「ノヴォロシア共和国連邦」である。
つまり、「ノヴォロシア」と称している地域は親ロシア派が占拠していて、そこに住んでいるウクライナ人は、親ロシア派勢力に積極的に加担するか、沈黙をしながら抵抗するか、ウクライナ軍兵士として戦うか、いずれかの生き方を強いられることになる。
普通に生まれ育った地で生きていきたいだけなのに、そこが紛争地域になってしまうと、これほどまでの過酷な生活を強いられるのか。
親ロシア派の攻撃から避難して地下シェルターで暮らす人々。
これは2014年の現実を描いているのだ。2022年のマリウポリのアゾフスタリ製鉄所の地下シェルターを描いているわけではない。2022年のニュース映像で、地下シェルターで子供を抱えながら劣悪な環境で数か月も生活する避難民の様子が報道されたときに、それがどんなに辛いことかと思っていたが、このようなことが、すでに2014年から起きていたのだ。
太陽の光が当たらない地下シェルター。空気はよどんでいて悪臭がこもる。トイレは壊れていて使用できず、排泄は屋外ですませる。こんなところで、子供を育てなくてはならないなんてひどすぎる。
ウクライナ兵捕虜に対して侮辱的な行為をする親ロシア派の若者たち。
兵士は命懸けで戦っている。殺すか殺されるかの世界であるから、敵に対する憎しみが湧くのは当然だ。親ロシア派の側にもウクライナ兵によって家族を殺された人もいるだろう。
しかし、捕虜に対して非人道的な扱いをしてはいけないのもルールなはずだ。
この場面では、一人のウクライナ兵の捕虜にウクライナの国旗をまとわせて、人通りのある町に連れてくる。そこに寄ってくる親ロシア派の不良らしき若者たち。こいつらの態度が最低だった。親ロシア派占拠地においては、親ロシア派が強者だ。強者の側に立っている人間が犯す醜い行為。
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この作品は、ほとんど解説なしで、そこで起こっていることを淡々と描いている。
正直言って、2018年の時点でこの作品を見たなら、描いていることの意味がよくわからなかったと思う。
2022年の今でさえ、作品についての予備知識なしに劇場に飛び込んで鑑賞を始めたので、前半は、それぞれの場面を理解するのに必死だった。
ん?このメイクアップをしている人たちは何をしようとしているの?
ウクライナ側? 親ロシア派?
市議会の議場で乱入してきた女性に汚物をかけられた市長は、どちらの立場?
といった具合で、理解するのに苦労しながら見続けた。
後半。
ドンバス地域の親ロシア派占拠地で、何が起こっているのかがわかりやすくなってくる。
盗まれた車が発見されたというので取りに行った男性は、そこで車を地域警察に委託するという委任状にサインしろと言われる。自分の生活に必要な自分の所有する車だと主張すると、(この態度に対して)罰金が課される。
車を召し上げられたうえにさらに罰金というのは、どう考えてもおかしいけれど、それがまかり通る。
「所有権の不可侵」はすべての人間が持つ当たり前の人権であるはずだが、紛争の起こっている地域では、占領した側は、占領された側の財産を平気で接収する。
占領した側が強者。
弱者は逆らえない。
結局、占領された側は、占領地を奪い返すしかない。
そのための戦いが、今なお続いている。
補足:
私は最初、描いている場面がどちらの側なのかを理解するのに苦労しました。
ロシアの国旗がはためいていれば、親ロシア派の建物とすぐ理解できますが、同時にノヴォロシアの国旗を知っていると、場面の理解が容易になると思います。赤地に青い斜め線が2本入って、それに双頭の鷲の紋章が入っているのが、ノヴォロシアの旗です。もちろん、承認された国家ではないので、世界の国旗事典にも掲載されていないと思うのですが、参考までに。
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