
作品は、老齢になったドクスが立ち退きを迫られている店舗を頑固に守り続け、売却に応じないところから始まる。その理由とタイトルの意味は物語の最後でわかる。
場面は一転、ドクスがまだ幼かった頃に遭遇した朝鮮戦争の興南の退却の場面となる。
朝鮮戦争における興南の退却がここまで悲惨だったとはこの映画を見るまで知らなかった。
朝鮮戦争(1950~53)はめまぐるしく戦況が変わった戦争である。北朝鮮軍の韓国侵入を発端に、一時、韓国勢力は南端の釜山付近にまで追い込まれてしまう。そこでアメリカ軍を主力とする「国連軍」が仁川(インチョン)上陸する。これにより今度は北朝鮮軍が中国国境付近位まで押し戻されるのだが、ここで中国が北朝鮮支援にまわり「義勇軍」(実際は中華人民共和国人民解放軍)を派遣する。この勢いでアメリカ軍は北部の都市、興南からの退却を余儀なくされた。この時、退却するアメリカ軍の兵士だけでなく、興南の住民たちも貨物船ビクトリー号に乗船しようとして港に殺到した。中国軍に占領され、興南が戦火にさらされる前に、南に避難しなければならなかったのだ。
穏やかに暮らしていた土地が戦火にさらされるという理由で、家族ぐるみで避難しなければばらないということがどれほど大変なことかと思う。
赤ん坊を背負っている母親。ドクスもまだ幼い少年だというのに妹マクスンの面倒を見させられる。「マクスンの手を離すな!」といわれてもあの混乱の中では無理だ。
結局、妹マクスンと離ればなれになり、彼女を探しに戻った父親も行方不明になってしまう。
残されたのは母親とドクスと幼い妹と赤子だった弟。
彼らはなんとか乗船でき、避難先の釜山(プサン)に落ち着くことになる。
ドクス達家族は「コップンの店」を営んでいる叔母のもとに身を寄せ、貧しいながらも落ち着いた生活を取り戻していく。
が、ドクスは妹のマクスンを守りきれなかったことに対する悔恨をひきずっている。
さらに父親から言われた「いいか、これからはお前が家長だ。家族を守れ。」という言葉がが重く心にのしかかっている。
儒教の価値観が強い韓国では、家長(それが父親ではなく長兄であっても)の責任は重いのだなと思った。そして、ドクスは責任感の強い、やさしい人物なのだ。
その後、ドクスは弟の学費を捻出するために、西ドイツの炭鉱に出稼ぎに行き、さらに、妹の結婚式の費用のためにベトナム戦争に志願する。
炭鉱も戦場も危険この上のない現場だ。
ラストは老齢になったドクスが子供や孫たちと過ごしている冒頭の場面に戻る。
ドクス、本当によく頑張ったね。と、ねぎらいの言葉をかけてあげたい気分になった。
*** *** *** ***
それにしても。
朝鮮戦争では核以外のあらゆる兵器が使用され、戦場は南北の全域にわたったため、双方の住民は戦火に追われた。軍隊の死傷者は中国軍・米軍を含めて南北それぞれ100万人をこえたほか、住民の犠牲者も200万人をこえた。
(世界史A 山川出版社)
教科書に掲載されている、爆破された漢江の橋を渡って南に避難する「朝鮮戦争の難民」の写真、そしてこの映画での興南の退却のシーンをみて、戦争がいったん始まってしまうと、巻き込まれた人々がいかに悲惨な状況になってしまうのかがよくわかった。
2017年5月、韓国の大統領選挙で当選した文在寅(ムンジェイン)の両親は、興南の撤退の際に貨物船ビクトリー号に乗船した避難民だという。
ムン氏はこの映画のシーンを格別の思いで見ただろうと思う。(この作品を見ているかどうかは知らないけれど。)
朝鮮半島が再び戦火に陥ることがありませんように。
核開発を続ける北朝鮮に対しては、何が何でもそれを放棄しろ、と強く思う。
『国際市場で逢いましょう』
2014年の韓国映画。
ドクス:ファン・ジョンミン
スポンサーサイト