『アラバマ物語』

アラバマ物語
1962年のアメリカ映画。
半世紀以上も昔の白黒作品。
出演:
グレゴリー・ペック(アティカス・フィンチ)
1930年代のアメリカ南部アラバマ州の田舎町に暮らす家族のお話。

これも、「アメリカの黒人差別を理解するうえで見るべき映画」のリストに挙げられていた。
そして、なんと、著作権標記欠落により、現在パブリックドメイン(知的財産権が発生していない状態)となっているため、Amazonプライムで無料で見ることができた。
ありがたい。

1962年末に公開されると大ヒットとなった作品で、1930年当時のアメリカ南部の多くの人々の差別感情がどんなものであったのかを知ることができる。
大ヒットとなった背景には、公開当時がまさに公民権運動が盛り上がっていた時期であったため、アラバマ州の田舎町という差別感情がはなはだしい地域のなかで、「黒人の弁護」を請け負った弁護士アティカス・フィンチの姿はヒーローとして支持されたのだろう。

“ヒーロー”という言葉を使ったのは、2003年度の『アメリカ映画のヒーローと悪役ベスト10』でヒーロー部門堂々の1位がアティカス・フィンチだったという情報を知ったのからである。
この作品は、地味な法廷ものであり、妻を亡くして、子供2人を育てる父親像を描いた家族愛ものである。
悪をバッタバッタとなぎ倒すような派手なアクション映画ではないこの作品の主人公アティカス・フィンチが1位に選ばれたということは、演じたグレゴリー・ペックの素敵さによるところが大きいと思うが、正しいことを貫こうとする“正義感”が、人々の持つ価値観のなかで重要になってきたからではないかと思う。

作品の中での、フィンチが弁護を引き受けた「黒人青年による白人女性強姦事件」の裁判はひどいものだった。
「13th」という映画の中に、「アメリカで司法機関が黒人の味方だったことは一瞬たりともなかった。」という言葉があったけれど、まさにそうだなと思った。
フィンチがどんなに、被告人の黒人青年の無実を証明しようとしても、(例えば、相手女性の殴られた跡からは、暴行した相手が左利きと推測されるが、被告人の黒人は左腕が不自由だったこと、など。)陪審員が全員白人であったなら、有罪の評決しか下されないのは当たり前のことだ。
もしかしたら、黒人青年側に全く非がない、と思った陪審員もいたかもしれない。しかし、被告人が黒人だったなら、その場にいたというだけで、事件にかかわってしまったというだけで有罪にされてしまうということだ。
この時代の裁判というのは、無実の黒人を救済する可能性などなく、黒人を犯罪者として監獄に送り込むための儀式として行われているだけだったのだと思った。

この作品は、フィンチの娘のスカウトが過去を回想するという形式で描かれている。
スカウトにとって、少女時代を過ごしたアラバマの田舎町生活は、仲良しの兄のジェムや友達のディルたちと走り回って遊んだ楽しい思い出に満ちているだろう。
そんな日々のなかで、父親が請け負った裁判の様子は、彼女の眼にはどのように映っただろうか?
彼女にとって、自分の父親がとった態度は、誇れるものとして鮮明な記憶として残っただろう。
同時に、大人たちの反応を通して、大人社会の理不尽さを感じ取った彼女は、様々ことを考えながら、成長したはずだ。


***************
ところで。
アメリカの州の位置が結構、うろ覚えになっていたので、あらためて地図帳で確認してみた。
アメリカ南部は、ジョージア、アラバマ、ミシシッピと並んでいる。
それぞれ、ジムクロウ法と総称される人種差別の内容を含む州法を持っていた州で、特に黒人差別が激しかったところだ。
アラバマ州のモンゴメリーでは公民権法が盛り上がるきっかけとなったバス・ボイコット事件が起こっている。

歴史的な背景がある。
アメリカ南部はかつて奴隷制を認める奴隷州だった。
綿花栽培のプランテーションでは、炎天下での綿花の摘み取りという過酷な労働を、黒人奴隷に強いた。
南部の産業構造が黒人奴隷の労働力を必要としていた。
奴隷制が廃止されても、黒人差別は続いた。

産業構造、歴史的な背景。
個人的な偏見ならば、その人一代が終わればなくなる。
しかし、長い時間をかけて、社会全体が作り上げてしまった偏見は容易に消えない。

黒人に対する差別的な感情をもち、黒人に対して差別的な態度で接してきた大人のもとで育った子供は、それが当然のことと思って、そういう価値観を持った大人になる。

だから、そうではない価値観、差別はいけないことなのだという価値観を持った子供たちを育てればよいのだ。
BLM運動の盛り上がりは、それに参加している若い世代たちが中心になって、社会を変えていってくれると思う。
白人至上主義のオッサンの意識を変えていくというのは、容易なことではないけれど。

『招かれざる客』

招かれざる客
1967年のアメリカ映画。分類としては ドラマ映画/コメディ。

自分の娘が結婚相手に黒人男性を連れてきたら、親はどんな反応をするのだろうか?
新聞社主で知的なリベラリストとして、普段から「人種差別反対」の立場をとっている父親が、いざ、自分の娘のこととなると、その立場を貫けるのかどうか。

ジョーイは、「肌の色で人を差別してはいけません。」という両親からの教育を受けて育った、天真爛漫で屈託のない、若くてかわいらしい白人女性。
そんなジョーイが黒人男性のジョンと恋に落ち、結婚を決断する。

自分の親は、相手が黒人だからという理由で結婚に反対するような人たちではない。」とハナから信じきっている。

結婚相手のジョンは世界的に有名なレベルの黒人医師
妻子を事故で失っている。
優秀で落ち着いていて、経歴・人格ともに文句の付け所はない。
自分が黒人であることで、結婚相手の両親がどのような反応を示すだろうかについても十分予測し、配慮するだけの大人らしさも持ち合わせている。

娘の幸せを願う優しい両親だが、娘が黒人男性を連れてきて、「結婚します」と言ってきたら、当然、戸惑うだろうなと思う。

しかも突然。
そして時間の余裕がなさすぎ。
突然サンフランシスコの実家にやってきて、その日の夜にはニューヨークに出発するという。
「このあとジュネーヴで会議があって、それからアフリカの医療に従事するから、今日しかなかったのよ。」  
全く悪気のないジョーイ。
親の立場からすると、根回しはしておいてくれと言いたくなる。
有無を言わせず、テンポよく事が進展していく様子がこの作品の面白さなのだろうけれど。

父親のマットがいい。
戸惑い、うろたえる。

ジョンの両親もロサンゼルスから駆け付ける。
あまりの急な話に、息子の相手がまさか白人女性だなどとはまるで考えもせずに。
空港に出迎えに来たジョーイを見て、これまた戸惑う。

登場人物がみんな優しくて、いい人たち。
どちらの両親も娘と息子の幸せを願っている。
しかし、そこに立ちはだかる「人種の違い」という壁。
ジョンは、人格も社会的地位も経済力もすべてを持ち合わせている素敵な男性で、二人は愛し合っている、という文句のつけようのない設定。
さて、双方の親の理解が得られるのかどうか。

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ジョンを演じたシドニー・ポワチエについて。
アメリカの黒人男優として初めてアカデミー主演男優賞を受賞した。(『野のユリ』1963年)
黒人男優の先駆者的存在。
が、一方で、黒人たちからのシドニー・ポワチエの評価には厳しいものがあるという。
「素直でおとなしく、礼儀正しい黒人という、あくまで白人が望む黒人像を演じた。」と。 

そうか、そういう言い方をされてしまうのか..。

ただ私は思うのです。
1960年代、黒人差別を批判し、反対闘争を指導したマルコムXやキング牧師は、世の中を大きく変えた。
しかし、そうしたストレートなやり方ではなく、白人社会の中に入り込んで、実力を認めさせていくというやり方もある、と思うのだ。
スポーツの世界でのカール・ルイスやマイケル・ジョーダン、音楽の世界でのオスカー・ピーターソンやマイルス・デヴィスの存在があったから、黒人が各分野で認められるようになり、活躍できるようになった。
シドニー・ポワチエも同じ。
100mを何秒で走れるかというわかりやすい世界ではなく、映画俳優というのは、出演した作品の役どころや、その作品の意図や、制作した側の(差別についての)意識も反映されてしまうので、突っ込みどころはいろいろ出てくると思うのだが、知的でかっこよくて演技がうまくて魅力的というのは否定できないだろう、と言いたい。
シドニー・ポワチエが映画界における黒人の存在を切り開いていったから、それに続くデンセル・ワシントンやモーガン・フリーマンのような名優が生まれたのだと思う。

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キャサリン・ヘップバーン

ジョーイの母親を演じたがキャサリン・ヘップバーンと父親を演じたスペンサー・トレーシーについて。
この作品で2人ともアカデミー賞にノミネートされ、キャサリン・ヘップバーンは主演女優賞を獲得。スペンサー・トレーシーはこの作品の公開前に亡くなり、これが遺作となった。
この2人は、スペンサーが宗教上の理由で離婚できなかったため、正式な結婚をしていないが、20年以上もパートーナーして暮らしたという。
スペンサーの健康状態が悪化したときキャサリンは5年間の休養を取り、看病した。
ジョーイの両親役として素敵な2人だったが、実生活でも同様の関係だったというわけだ。
さらに、ジョーイを演じたのはキャサリン・ヘップバーンの実の姪。

以上、wikiで調べたことです。
 
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BLM運動が盛り上がっている現在、人々の意識から人種による差別・偏見をなくそうという動きが高まっている。
こうした流れの中で、※「アメリカの黒人差別を理解するうえで見るべき映画」のリストに上にこの作品が上がっていたので、Amazonプライムで、299円でレンタルして見ました。
※2020.6.17 の渡邊裕子さんの記事です。
https://www.businessinsider.jp/amp/post-214663

1960年代の作品が、検索して見つければ、即、鑑賞することができるような便利な世の中になったことに感謝です。

『ドリーム』

ドリーム

2016年 アメリカ映画。実話をもとにした作品

この作品は文句なく楽しいし、気分がよくなる。
NASAのラングレー研究所で働く黒人女性たちのお話。
当時のNASAという職場は、エリート意識をもった白人男性がほとんどで、女性に対する差別意識、黒人に対する差別意識を持った人たちばかり。
そんな職場環境の中で、理不尽な待遇にブチ切れそうになりながらも、それに負けず、並外れた数学の能力を武器に、NASAの宇宙開発になくてはならない存在になっていく黒人女性キャサリン、ドロシー、メアリーたちの活躍が最高!

時期は1961年。
ケネディ大統領が就任した年だ。
冷戦期の真っただ中。
宇宙開発競争においては、ソ連が一歩リードしていた
すでにソ連は1957年にスプートニク1号の打ち上げに成功している。
この作品の中でも、1961年4月、ソ連は初の有人人工衛星ヴォストーク1号の打ち上げに成功したニュースを見るNASAの人たちの場面がある。
これに対して、5月、ケネディが「1960年代のうちに、人間を月に送り、安全に地球に帰還させる。」という演説を行った。

宇宙開発競争が過熱する。
当然NASAにプレッシャーがかかる。
有人宇宙飛行計画のマーキュリー計画を成功させなければならない。

宇宙開発には膨大な計算が必要で、コンピューターの導入の以前はその気の遠くなるような大変な作業を人間がやっていた。
文字通りのcomputer、つまり計算手が宇宙開発事業を支えていたのだ。


しかし、計算手の仕事はまるで下請け。
西エリアの計算グループという部署で、黒人女性中心に膨大な計算の仕事を請け負っていた。
そこから宇宙特別開発本部(STG)という、エリートの白人男性ばかりの部署に抜擢された黒人女性のキャサリン。
しかし、STGには黒人女性が使用できるトイレはなく、いちいち800m離れた西エリアのトイレに走って往復しなければならなかった。
理不尽な待遇が続く中、キャサリンの仕事ぶりは上司のハリソン(ケビン・コスナー)も認めるようになり、宇宙飛行士のグレンからも信頼されるようになる。

そして、1962年、マーキュリー・アトラス6号の打ち上げ成功!

*********

能力のあるものが最大限にその能力を発揮するのをみるのは気持ちがいい。

学位をとるための学校が白人専用であるため黒人は入学できない、とか、前例がないから黒人は管理職になれない、などという壁を、彼女たちは強い意志をもって取っ払っていく。

1961年ということは公民権法成立(1964年)以前の話。
その頃のアメリカの職場の様子がよくわかった。
この職場環境の中で、キャサリン、ドロシー、メアリーたちのような黒人女性が見せた頑張り。
素敵でした。

13th 憲法修正第13条

13th.jpg


合衆国憲法修正13条
 奴隷制もしくは自発的でない隷属は、アメリカ合衆国内およびそのほうが及ぶいかなる場所でも、存在してはならない。ただし犯罪者であって関連する者が正当と認めた場合の罰とするときを除く。


合衆国憲法修正第13条は奴隷的拘束の禁止を規定している。
すべてのアメリカ人に自由を保障している。
だが例外がある。
犯罪者は適用外だ。
抜け穴となる言葉がる。
「犯罪者への処罰を除く。」
憲法の文言に抜け穴が埋め込まれていれば、目的は何であれ、都合よくつかわれるだろう。



南北戦争後、400万人いた奴隷が解放された。
南部の経済は破綻した。
経済再建はどうする?

修正第13条の抜け穴が利用され、大量の黒人が微罪で逮捕され受刑者となり、南部を立て直す労働力として使われた。

黒人は犯罪者だというイメージが急速に広まった。
しかし、ひどい逮捕に対する批判が高まると、合法的な手段に出た。
ジム・クロウ法と総称される、南部の各州の黒人差別の法律だ。
ホテルもレストランもトイレもバスも、白人か有色人種かで利用を区別された。
(法律があれば、たとえ白人専用のトイレを使用したとしても法律違反だ。)

そうした差別を撤廃させる運動が盛り上がり、1964年、ついに公民権法が成立した
しかし、困ったことに、公民権法成立と時期を同じくして犯罪率が上がり始めた。
急激な人口の増加で、当然、犯罪数も増えるものだが、
公民権運動のせいで犯罪率が増えたという考えも出てきた
「もし、黒人に自由を与えたら、その代償として犯罪行為が増えるだけ。」

アメリカの受刑者数は20世紀に入ってからほぼ横ばいであったが、
1970年代になるといわゆる「大量投獄」の時代が始まり、受刑者数が爆発的に増えていった。

1980年代初期、クラック・コカインという安価な麻薬が黒人たちの間に広まった。
麻薬は当然取り締まらなければいけないものであるが、黒人の間に広まっていることで、クラックに関する刑罰を不当に重いものにした。
クラック所持で終身刑。
大量の黒人が刑務所に送られた。
受刑者の数を爆発的に増やした。

麻薬との闘いは警察の横暴を許した
腹ばいの黒人に警官の銃が向けられた。


アメリカの受刑者数
1985年  75万9100人
1990年  117万9200人
2000年  201万5300人
2014年  230万6200人

アメリカの全人口のうち黒人男性は 6.5%
     全受刑者のうち黒人男性が40.2%

一生のうち投獄される可能性は
        白人男性は17人に1人。
        黒人男性は 3人に1人が生涯のうち一度は投獄される。


受刑者の数が膨大になったことに伴って、
1983年に初の刑務所運営会社CCAが設立された。
刑務所産業が成長産業になってしまった。
受刑者の安定供給によって生み出された莫大な利益は株主の懐に入る。
人を罰することで巨万の富を得ている全米一の民間矯正施設だ。

1973年に設立されたALEC(米国立法取引協議会)という保守系の政治活動団体は、
企業が最も有益となる法案を起草する団体である。
ALECを通してCCAは犯罪政策に影響を及ぼした。
刑務所の民営化だけでなく受刑者を増やした。

大量投獄が問題とならないのは、それが刑務所ビジネスに利益を生むから。
外国の低賃金労働は非難の的だが、アメリカ国内で同じことが行われている。
無賃金労働をさせて儲かる会社が存在する。
巨額の金が動き、大勢の議員が支持している。
簡単には手が付けられない。

時代とともに、形態は変化しても実態は同じ。
犯罪者は国の奴隷。
奴隷制が終わると受刑者の貸出制度が作られた。
これが非難されると、法律による人種隔離制度が生み出された。
公民権法成立で、これが廃止されると、大量投獄の時代がやってきた。


アメリカで司法機関が黒人の見方だったことは一瞬たりともなかった。
警官による不当な扱いについて、黒人の不満を無視することは完全な間違いだ。
人種問題や歴史的背景に無知なままでいては、黒人と警察の関係について議論できない。

数世紀にわたる歴史的経過があるのだから、それを踏まえずには解決しない。

BLMは特定のリーダーも拠点も存在しない活動だ。
社会現象だから拳銃で止めることはできない。
そこに希望がある。


*************

以上、映画の字幕を静止画面にして書き写し、まとめてみました。
時間がかかりましたが、とても勉強になりました。

作品の前半で、「国民の創生」という南北戦争とその後の世界を描いた映画が登場しました。
この映画では、黒人はレイプ魔だというイメージを作り上げ、これと闘うKKKを神秘的・英雄的に描きました
この映画により、KKKは復活し、人気を博すようになりました。
悪名高い反黒人組織のKKKが一時会員500万人というのが信じられなかったけれど、こういう映画の影響があったのだとわかりました。

ということは。
「国民の創生」という映画がそれだけの影響を当時の人々に与えたのなら、差別を批判する映画にも、人々の意識を変える力があるはず。

地味なドキュメンタリー映画でしたが、知らなかった多くのことを知ることができました。

『デトロイト』

2020年5月末、ミネソタ州ミネアポリスで、黒人男性ジョージ・フロイドさんが白人警官により、路上に組み伏せられ、警官の膝で首を押さえつけられて、「窒息」により死亡した。
抵抗をしていないフロイドさんと警官の暴行はすべて動画に収められ、これが拡散したことで、抗議するデモが各地で盛り上がった。
デモは「BLACK LIVES MATTER(黒人の命は大事)」を掲げ、黒人だけでなく、白人も加わって、BLM運動と呼ばれ、大きな動きになっている。

事件の直後、一部が暴徒化して、破壊活動を行った。
この時、トランプ大統領は、
「各州の知事や市長が必要な行動をしないなら軍の配備も辞さない」と警告した。
破壊活動や略奪などの行為に対して、フロイドさんの弟が、「こうした行為は兄の望むものではない」という呼びかけを行ったことで、過激な行動は収まり、平和的なデモに転換した。
そして、各地でデモが盛り上がりを見せると、トランプ大統領は、
「ANTIFAがデモを扇動している。」とtwitterでつぶやいた。
(ANTIFAとは、アンチ・ファシストの略称で、アメリカの政治や社会で勢力を広げ始めた極左の暴力的秘密組織なのだそうだ。)

トランプ大統領という人は、人々の抗議の動きに対しても、力でねじ伏せようとし、自分に都合の悪い動きの原因を、自分と敵対する勢力になすりつけようとするのだな。
問題の原因が人種差別にあると考えるなら、それを解消できるような方向に導くのが政治のリーダーの役割だと思うのだが、この人は歩み寄りではなく、対立を深める方向に事態を進めている。

あまりにも根深い問題なので、「アメリカ社会から差別はなくならない。」とまで言う人もいるけれど、
人々の意識を変えていくこと、人々の意識が変わっていくことで、解決への道を見いだしたい。
社会が目指す方向は見失ってはいけない。

暴力はや弾圧は人々の反発を生むだけだ。
人々の意識を変えるのは、悲しい出来事に対する抗議活動であり、
「差別はやめよう。」と呼びかける平和的なデモの盛り上がりであり、
SNS上の支持であり、また、文学であり映画であると思う。

発端となったミネアポリスの事件は、警官がフロイドさんを8分46秒という長い時間、「息ができない」ような状態で首を押さえつけた。
この行為は「殺人」と断定される。
警察が一般市民の黒人に行った暴行。
あまりにも理不尽。

過去に起こった同様の理不尽な出来事を描いた映画『デトロイト』をみてみた。
監督は『ハート・ロッカー』、『ゼロ・ダークサーティ』のキャスリン・ビグロー。


デトロイト

『デトロイト』

2017年のアメリカ映画
監督:キャスリン・ビグロー
出演
ジョン・ボイエガ 
  (黒人の警備員 ディスミュークス)
ウィル・ポールター
  (デトロイト警察のフィリップ・クラウス)
アルジー・スミス
  (黒人たちのバンドのボーカル、ラリー)

1967年のデトロイト暴動の最中に発生したアルジェ・モーテル事件を題材にした作品。

デトロイト市警のクラウスの暴行がひどい。
商業施設からの略奪行為をした黒人を追跡し、背後から銃撃して死亡させた。
逃走した黒人は、警官に対して抵抗はしていないので、もちろん正当防衛は成立しない。
このことをクラウスは上司から注意を受けるのだが、処分はなくそのまま勤務を続行。
そして、アルジェ・モーテル事件へ。
暴動により、コンサートも中止になって帰路に向かったラリーたちは、乗ったバスが暴徒化した市民に襲撃され運行できなくなり、最寄りのモーテルに避難した。
モーテルにいた別のグループの黒人カール・クーパーがいたずらに窓からスターターピストルを発砲した。

これを警察に向けた狙撃と勘違いしたデトロイト市警がモーテルに乗り込んで狙撃犯と銃を見つけ出そうとする。
その捜査のやり方があまりにもひどいのだ。
脅迫による犯人捜し。答えなければ痛い目にあうぞ、ということを見せつけての自白の強要。
結局、罪のない黒人3人が殺害された。
事件後の裁判では、かかわった警察官3人全員に無罪判決が下された。

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この作品では、デトロイト市警のフィリップ・クラウスが差別的白人至上主義者として描かれている。
実際、そういう人だったのだろう。
背後からの銃撃、正当防衛を成立させるために現場にナイフを置くという卑怯さ、
黒人たちを壁に向かってたたせて、脅迫していく様子。
見ていて腹立たしくなる。
(この憎たらしい警官を演じたウィル・ポールターが見事!)

もちろん、デトロイト市警のすべての警官が差別的白人至上主義者というわけではない。
しかし、黒人と警察の対立は根深い。
差別感情をもったクラウスは、黒人の抵抗が怖かったのだろうと思う。
差別しているものからの反撃が怖いから、やりすぎてしまう。
警察権という権力を持っているだけに、弱い立場の黒人と権力を笠に着る警察という構図が出来上がってしまう。

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公民権法の成立(1964)により、法律上、人種差別の撤廃がなされた。
しかし、現実のアメリカ社会では、差別はなくなっていない。

2020年の現在も。
プロフィール

萩谷功枝

Author:萩谷功枝
世界史教師をしています。

映画や本の紹介、最新のニュースから感じたこと、など自分の日常を通して、世界史のことを考えていけたらと思います。

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